二元論の舞台に立たない

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先日、このようなツイートをしました。

このツイートをさらに深掘りしていきます。

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二元論はかなり危険な思想

二元論によってひとはどう動くのか

二元論というのは
物事や特徴などを2つのグループに
分類する考え方のことをいいます。

善人と悪人
裕福と貧乏
優秀と劣等
美人と…

これを見たときに
だれだってなりたいグループの方に入りたい
と思うのは当然です。

そうすると、
必死になってなりたいグループの一員になろうとし
もう一方を嫌うようになります。

またどちらかのグループに入ったときに
もう一方のグループへの理解を放棄します。

二つのグループ間で争いや衝突も生みます。

二元論は極端な分類

人の内面はいろんな面を持っていて
それが混合(ブレンド)されています。

だからある人を善人だとか
悪人だとか決めつけるのはかなり無理があります。

二元論というのは
100:0または0:100
0%または100%
のどちらかに振り切ってしまう
とても強引な分類の方法です。

このあたりの本質を
為末大さんがツイートしています。

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二元論はとても楽な分類法

「この世には絶対的は100%の悪の存在がいる」と信じた方が…

人を判断するときに
「あいつは(自分にとって)悪」
「あいつは(自分にとって)善」
と決めつける性質があります。
というよりもそれが楽で簡単なのだと思うのです。

世の中はそんなに簡単ではなくて
複雑に絡み合っています。

再び為末大さんのツイートです。

このツイートを読んだときに

全体(他者)をコントロールしたい

という発想を持っている人は
カーテンの向こうで世の中を牛耳っている悪がいる
という世界を信じ、
またそう思っている人たちの中に取り込まれる
と感じました。

この世には絶対的は100%の悪の存在がいる
と信じた方が合理的でスッキリするからだと思われます。

歴史上の人物もどっちかに寄っているだけ

歴史上の人物には
多くの人を死に追いやってしまった権力者や
平和のために自分を捧げた人もいます。

ただ、100%悪人、100%善人
と言い切れる人はいないのです。

感情的に難しいかと思います。
でも、どんな人にも
その人がもたらした良い面と悪い面の
両方を持っています。

ただ割合は差があります。
この人は悪人寄り
この人は善人寄り
というように。
その判断はそれぞれの人が
自分自身で行うしかないです。

歴史の創作と史実の違い

歴史の創作物語が面白いのは
善と悪をはっきりわけている点であり
歴史の史実がそれほど広まらないのは
どちらか善悪をはっきりつけづらく
エンタメとして面白くないからではないか、
と考えてしまいます。

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二元論の舞台に立たない

先ほども書きましたが

  • なりたいグループの一員になろうとし
    もう一方を嫌うようになる
  • どちらかのグループに入ったときに
    もう一方のグループへの理解を放棄する
  • 二つのグループ間で争いや衝突も生む

という点からも
この二元論の舞台に立たないことが
とても大事になってきます。

この極端な考え方がなぜ残っているのか?
この極端な考え方は誰にとって便利なのか?
を考えると舞台に立たない方がいい
ということもご理解いただけるかもしれないです。

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100%善人という解釈ができない例として
ご覧ください。
もちろんこの方の功績は大きいです。

為末大さん

洞察力、分析力、言語化力、
このあたりの鋭い意見は
言葉にできなかった自分の思いを
代弁してくれます。

 諦める力

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