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中村久子の生涯から学ぶ

人物

両手両足を病気のために
切り落とされてしまった中村久子さん。

彼女の生涯は想像を絶する困難の連続でした。

彼女の生涯から学べるところをまとめてみました。

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中村久子さんの生涯

両手両足を失った【中村久子の生涯】辛い時こそ知って欲しい超偉人

自分でできることを知恵を絞って考える

幼少期で両手両足を失った久子。
明治大正の時代、
今ほど社会保障も充実しておらず、
世間からの視線も厳しい時代です。

父親も亡くなってしまい、
母親は生計を立てるために再婚します。
(シングルマザーという生き方は
この時代ではできなかったのでしょう)

母娘は肩身の狭い生活を強いられます

その中で母親はわが子が
一人で生きていけるように
服に縫われた糸を一人でほどくように命じます。

例え手足がなくても
一人で生きていかなくてはならない。
母親からの厳しい愛情です。

最初は途方の暮れていましたが
試行錯誤していく内に
口を使って
糸がほどけるようになっていきました。

この後、さらに口の中で糸を結んだり、
少しずついろんなことを習得して
最終的には人形に着せる服まで
作れるようになりました。

私たちは
生きていくのに十分な機能はあるのに
できないことばかりに注目してしまいます。
できないことがあるのならば
できることでミッションを達成する。
久子は自分のできる範囲で
一生懸命に知恵を絞り、
そして最後は目的を達成する。

久子は口で裁縫ができるようになりました。

もちろん、どうしても
できないことと判断すれば
人に助けてもらったりするという
判断もできます。

本当に必死で自分にできるかどうか
知恵を絞り挑戦したか。

これを自分に問うて生きていくと
数年後に全く想像もしない結果が
待っていると思うのです。

その後も久子の人生は困難を極める

口で服を縫えるようになった久子ですが、
世間の目は厳しく
唾液だらけの服
という辛辣な表現をされてしまいます。

それでも、久子は様々な困難を乗り越えていきます。
私たちに生きるためのエネルギーを与えてくれます。

 

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