プロフィール【運営方針・半生】

こちらのページをクリックしてご覧いただいている
ということは
何かしら運営者である当方に
多かれ少なかれ
ご興味、ご関心を抱かれた
のだと思います。

自分は結構な変わり者だなぁ
と思う反面、
自分は平凡な人間なんだ
と思うこともあります。

何かに突出したものはありません。
ごくごく普通の半生ではありますが
ご参考になれば幸いです。

過去の経験談や
当ブログの運営の考え方
想定しているご活用の方法
などをお伝えいたします。

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運営者としての基本的な姿勢

読者との交流は最小限

価値観の衝突は免れない

基本的に私個人の経験を示すのは
最低限にするという考えです。

また、読者との交流は極力せず、
かつ、こちらが一方的に情報を発信する
というスタイルをとっています。

理由は思想、価値観は一人一人違うのは当たり前で
交流が深くなり、お互いが近づくほど
価値観の違いに衝突するからです。

大半の交流がそのようになると考えています。
つまり、結局水掛け論になるので
「お互い好きなようにやりましょうや」
というのが私の考えです。

かまってちゃん、ただ絡みたいだけ

かまってちゃんと呼ばれる人がいます。

かまってちゃんの特徴の一つとして
とにかく話を聞いて欲しい、
私の気持ちを分かって欲しい
という衝動の駆られた行動を取ります。

それがひどい方になると
相手に絡むようになります。

ここをこうしたほうがいい、
私はこう思います!
みたいなことをおっしゃります。

そう思うのはご自由なのですが
相手の行動や時間に干渉されるのは
こちらとしては求めておりません。

なにか解決や結論に向かうのであれば
まだいいのですが、
こういう方は解決を望んでいるわけではなく
かまって欲しい、ということがあります。

当方も自由な時間がある立場ではございませんので
構っている時間がございません。
自分のブログの更新作業の時間も足りない状況です。

そんな状況をご理解の上
あくまで自分の発信したいことを大切にして
「お互いを尊重したい」
というのが私の考えです。

人が集まって集団になっても…

交流が深まって集団で集まると
色んなトラブルがあるから
というのがあります。

職場、学校、地域の付き合いで起こることと
何にも変わらない。

男女関係、上下関係、カースト、金の貸し借り、
付き合い、マウント、勧誘…

私もいろんな集団に参加しては
いろんなことに巻き込まれてきました。

そんな経験から生み出した結論が
「結局、一人でやる方がいいんじゃね」
です。

最初は仲間ができるのが心強いのはわかります。

新しいプロジェクトを始めよう!
こんなのがあったら面白いよね!
みんなで○○をやってみよう!

と夢物語を語っている時が一番楽しいです。

でもそれがピークだったりします。
それが実現した例を私は見たことがありません。

結局は一時の盛り上がり、
ただの慰めに過ぎなかった
というのが私の実感です。

人間として成熟していないとほぼ意味がない。
そして、

自分と同じレベルの人間しか集まらない

というのは至言です。
結局は弊害が生まれるのが
ほとんどのパターンです。

当ブログは一方的な参考情報

当ブログの発信の大きな特徴として
双方向ではなく
単方向、一方的という形を取っています。

各個人の事情、環境が異なれば
役に立つ部分、立たない部分
参考になる部分、ならない部分
は出てきます。

「当ブログで私自身が
自分の現実世界を元に
発信している内容について

読者一人一人の事情や環境において
各自の現実世界で
ご活用できる部分をカスタマイズして

取り入れてくだされば幸いです。」

というのが当ブログの趣旨です。

読者の方にはあくまで
「参考資料」として
当ブログをご利用くださればと思います。

参考にならなければ
別の情報を探されることを
おすすめします。

という方針ですので

  • コメント機能は使わない
  • 顔出しはしない
  • 個人情報は必要最小限

SNSは今後、時間が出来たらやるかも

現在、Twitterなどのアカウントはあるものの
ほとんど発信をしていません。
(一部、リツイートをしているのみです)

時給労働しながらですので
私の自由時間がどうしても限られます。
その中でブログ記事を充実させることに
最優先するようにしています。

そのため、SNSとの同時運用が難しい状況です。

ブログの記事がある程度、
充実してSNSでの発信に舵を切る状況になれば
定期的にSNS発信をしようかなと考えています。

ただ…
返信、コメント、さらにメッセージのやり取りは
積極的にやりたくない
というのが今の考えです。
理由は、先ほど申し上げた通り
お互いの価値観を尊重したいのと
関係が近づくにつれて
互いの価値観を押し付け合う水掛け論になるリスクを
取りたくないからです。

「義務や義理ではない『いいね・リツイート』をし合う」
という関係性が一番、いい距離感なのかな、と。
あくまで私の価値観です。

SNSのジレンマ

多くの方に共感を得ていただくのは
ありがたいと思います。
フォロワーが増えること自体は嬉しいのですが
フォロワーを増やすためにSNSをやろうとするのは
なかなか難しいものがあります。

フォロワーが多くなればなるほど、

ありきたりな、発信内容に終始してしまうのでは…
自分の本心、本音が言いにくくなる…

とフォロワーがいない現段階から
悩ましく感じています。

ここはちょうどいいバランス均衡点を探すことになります。
フォロワーの数には関係なく
自分が言いたいことを一方的に言うスタイルになるかと思います。

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自己紹介

こんにちは。
当ブログを運営しています。

新卒就職→脱サラ→再び就職

という選択をしていくことで

  • 給料が高いからと言って幸福度が高くなるわけではない
  • フリーランスもサラリーマンも自己肯定感が高くないと苦戦する
  • フリーランスもサラリーマンも生き方の手段であって目的ではない

分かってはいても、
実感をするにつれて

  • 今までやってきたことは何だったのだろう?
  • 本当は何をしたかったのだろう?

という無力感に襲われました。

そんな状況からたくましく生きるための
経験や参考資料をシェアしていければと思います

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現在の生活スタイル

私の属性は下記の通り。

  • 40代男性
  • 独身
  • 一人暮らし
  • 東京23区内に在住経験有り。
  • 都市部(政令指定都市)に2か所4年以上・在住経験あり。現在も在住。
  • 地方(人口数十万人の県庁所在地)に2か所・5年以上の在住経験あり。

私の生計は

時給労働(マックジョブ型)+ 副業(農耕型ビジネス)

で営んでいます。

時給労働(マックジョブ型)をやっている理由

  • 業種によってですが年齢が40代以降でも求人がある
  • 人間関係は勤務時間のみ。
    勤務時間外の付き合いがない。
  • 田舎職場、7名以下の職場のような下記の環境を避けられる
    • プライベートの詮索
    • 濃い人間関係
    • 固定化されたメンバー
  • 必要最低限の生活費を稼ぐことができる
  • 仕事内容を一通り覚えれば仕事に関するストレスが抑えられる

副業(農耕型ビジネス)

  • 自分の好きなことに集中できる
  • 自分の好きなようにできる
  • 上司・社長・クライアントの無知・無理解にストレスを溜めなくて済む
  • 余剰資金を稼ぐことに集中できる
  • 無理して稼ぐ必要がないので、収入額のノルマがない

将来の展望

本当にどうでもいいこととは思いますが、
私としては次のような選択肢が
現実的かと思います。

  1. 時給労働(マックジョブ型)+ 副業(農耕型ビジネス)をひたすら継続
  2. 副業を育ててマイクロ法人化して本業にして、別の副業と並行して始める
  3. 時給労働で働いている会社で正社員になる(副業を継続するかは未定)

どれも可能性が全くないわけではないけど
かと言って簡単に達成できるところではない
といったところです。

自分の本当の姿が分からないと
こうやって生きていけば良いという指針も見えてこないので、
今はひたすら頑張っていく…という感じです。

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行き着く先は…三方良しとなるには

どんな人生を歩みたいのか?

この世に幸福の世界(ユートピア)というのはない
というは最近わかるようになりました。
生老病死を四苦といいます。
「生きること」そのものが避けられない苦しいことです。

ただ、自分の能力、容姿、思想、価値観から
最適化された世界に向かって歩くことで
幸福と感じることができる
ということもわかりました。

つまり自分は

  • どんな人間で
  • どんな人生を歩みたいか

を決める必要があります。

これを考える上で
リベ大両学長の「価値観マップ」と
橘玲氏の著書「幸福の『資本』論」が
大きな参考となりましたので
これを軸に話をしていきます。

私自身はいろいろ考えた結果

  • 社会資本は最小限
    • リアル友達不要
    • 再婚しない
    • 一人で死にたい(孤独死希望)
    • カフェでまったり過ごすくらいの距離感
  • 人的資本と金融資本に費やす
    • 最低生活費15万円で暮らす
    • 新しい知識、技術はどんどん知りたい
    • 余剰資金は自己投資に注ぐ

という世界、立場で生きていくのがいいという
結論に達しました。

大きな特徴の一つはは社会資本です。

友達をつくることを諦めました。

人前で感じよく対応できるのですが
小さいころから集団での遊びや集まりが
楽しくないと感じる自分がいました。
そしてそれを抑圧していました。
対照的に一人で本を読んだり動画を見たりするのが
とても楽しいと感じていました。

学校時代、友達はいたのですが、
やはりちょっと下に見られていることが多く
親友という感じも正直しなかったです。
卒業やクラス替えなどで交流がなくなっていきました。

結婚したときには
気を使わない本当の自分のままで付き合えるのは
一人(配偶者)だけで構わないな、
と思っていました。
しかし、残念ながらその方とも別れることになりました。

私の普段の雰囲気や無意識は利用されやすいみたいです。
親しい人には「しつこい」と思わせるようです。

そこでいろいろ考えて
社会資本は最小限、
言い換えると「友達は諦めた」
という結論に至ったわけです。

自分の方向性が「三方良し」となるには

何かを諦める、
もしくは
何かを捨てることで
やるべきことが見えてきたのも
事実です。

一人でいることが好きなら
一人でしかできないことをとことん追求すればいい。
そういう人生もまた人生だと
思えるようになりました。

私が動画や本で新しい情報を得て
それをまとめたり、
整理することが好きで、
他の人よりは苦労に感じないようです。

そのまとめた情報を
自分のノートというローカルの場所ではなく
ブログというネット上に置くことで
皆さんにとっての参考情報になれば
微力ながらも貢献になると感じて
今も続けています。

家族や会社や地域のつきあいで忙しい方が
保険やお金の勉強をしている暇はないし、したくもない。
そういう方がサクッと情報を得られるのが
いちばん分かりやすい貢献の仕方かなと。

交流を捨てた私と
人々との付き合いで時間がないみなさまとの
一つの最適点かと思います。

このブログが私にとっての
三方良しを実現する
手段の一つと考えるに至りました。

孤独と追放を受け入れる

社会で生きていて一番恐ろしいと感じていることに
孤独と追放があるのではないでしょうか。
これを恐ろしいと感じるから自分ではない自分を演じてしまう。
本音と建前が生まれてしまう。

社会性とは建前の自分。

いい歳したおっさんが
幼稚園児のように振る舞っていたら気持ち悪い。
ある一定の社会性は必要でしょう。

だけど、この社会性の奴隷になってしまうと
生きる気力がなくなってしまう。
いわゆる燃え尽き症候群。

まず手をつけるとすれば
孤独を感じてに、
追放されても
平然としていられる
こころを持つことではないか。

自分を無理して主張しなくても、
普通に過ごしているだけで、
こういう状況になれるのではないか。

簡単なことではない。
けど、自分で自分を受け入れ続けて
見えてくる、感じてくる心境がある。

田舎のコミュニティは
この孤独と追放の恐怖がことさらに強調される。
経験した者にしか分からない恐怖。
そこで迎合してしまって道を誤る。

本当に自立している人は
孤独と追放を恐れていない。
田舎でも都会でもそれは同じ。

人との距離をうまく保ちつつ、
自分が自分のままで生きている。

全員から好かれようともしない、
全員から嫌われることもない、
全員を好きになることもない、
不特定多数に敵意を持つこともない。

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特筆すべき出来事もない半生

幼少期から小学校卒業まで

普通の小学生。
運動があまりできなかった。
というか野球やサッカーで遊んでいて
他の子から注意されるのが
めちゃくちゃムカついているうちに
一人でいることが楽に感じるようになっていった。
友達はいたが、いじられキャラだったと思う。
このころから夢想癖はあった。
学校には普通に通っていたけど
なんか楽しくない感じだった。

このとき、あれば人生が好転したもの

  • 人に対する興味関心
  • どうすればあの人のようになれるのか?という観察
  • 夢想癖

中学時代

普通の中学生。
地元から出ることを決意。
強い劣等感に襲われ
人に優越することでプライドを保つ。

先生の善意も、無責任な立場に委ねるとこうなるわけで…

3年生の時に、20代の若い教員が
数学の授業を担当していました。

当時は教科ごとに係りが割り振られていて
先生に次の授業の予定を聞いて、
教室の背面の黒板に授業予定を書き込むという
仕事があったのですが、
私はその時、数学の係をしていました。
授業が終わった後に数学の先生に
予定を聞きに行ったところ

「次はみんなでやりたいこと決めてやってもいいよ。
校庭でレクをやるのもいいし、
何だったらプールとかで遊ぶのもいいし」

というようなことを言っていたと
記憶しています。

学期末だったので、
授業の予定範囲も終わり、
半ば余った時間だったので
その若い先生なりの「善意」だっただろうと思われます。

当時の私は正直、
「面倒くさいなぁ」と思いました。
そもそもプールで泳ぐと言ったって
管理している担当の方(多分、体育の先生)などに
許可や調整がいるでしょうし、
生徒たちも水着を持ってこなくてはいけない。
何よりクラスのみんなに何をやるか
決めなくてはいけないという、
望んでもいない面倒な仕事が降りかかってしまいました。

次の数学の授業の前日に、
帰りの会でそのこと議題にあげてもらい、
提案された内容と、
それを、一つ一つ希望する人に
手を上げてもらって多数決を取る
ということで落ち着きました。

提案された内容は、
おふざけ半分、
現実的なもの半分
といった感じで、
生徒側は無責任な立場なので
正直、
どうでもいいかな
という感じです。

出た、結論が、
当時、新設されたばかりのパソコンルームで
1時間パソコンを使って遊ぶ的なことで
結論が出ました。
(この当時はまだWindowsは普及していません)

それを、数学の先生に伝えに行ったところ
その先生は、露骨に嫌な顔をしました。

プールで遊ぶのもいいとまで言ったのと比べて
かなり対照的なリアクションでした。

当日の授業、
パソコンルームで授業というか
一時間、遊ぶ時間があったのですが、
先生はかなり機嫌が悪く、終始イライラしていました。
言葉遣いもかなり荒かったです。
どうやらパソコンルームを管理・担当している
「気を付けてね」的なことを言われたようなのですが、
なにか生徒が故障などのトラブルを起こす
ということに対して敏感になっていたと推測されます。

結局はその日の授業(パソコンルームでのレク)は無事に終わりました。

その先生には申し訳ないのですが、
私がもし、先生の立場だったら
「もう二度とこいつら(生徒たち)に
恩義なんか図ってやるものか!」
と思うだろうな…と。

中学卒業後、
その若い先生がその後、
どのうような経歴を辿ったかは不明ですが、
「自分が善意をはかってあげたところで
相手から望ましくない(それこそ、仇で返すような)ことが
あるんだよな~。」
ということは感じ取りました。

なぜこの出来事を思い出したかは
分かりませんが、中学時代の一つのエピソードです。

このとき、あれば人生が好転したもの

  • 他人に対する興味
  • ポピュラーな趣味
  • 自己肯定感

高校時代

中学の時に決意した「家を出る」という
目標を達成することだけを考えた3年間。

そもそも陰キャでしたので、
体育祭とか文化祭とか
そういう青春の思い出的なものは一切捨てて
勉強に励み、地元外の大学に合格して
一人暮らしすることだけを考えていました。

依存関係、甘えの強い「一応、進学校」

進学した高校はたしか
学年400人ぐらいに対し10人ぐらいが就職していた
と記憶しています。
95%以上は進学しています。
大半が大学へ進学し(国公立と私立が半々ぐらい…)、
残りが専門学校とか、だったかな。
という感じの一応、「進学校」と呼ばれる学校でした。

ただ「一応」と呼んでいるところに、
この学校の大きな特徴があります。

(自分が卒業した母校に対して
このように言うのもどうかと思いますが、)

「進学校」というメンツを保つために、
過剰なまでに学校側が関与し、
生徒側は「学校側の過剰な指導」に
依存する…
という悪しき構図ができていました。

生徒たちは勉強が好きではなく、
また積極的に勉強に取り組むというタイプではない
人たちが集まっています。
そこに先生が生徒たちの尻を必死に叩き続けて
ケツ持ちしまくり
無理やり合格までこぎつける。
こんな構図が何年も続いている。

私が「一応、進学校」と呼んでいる所以です。

授業は1時限目から6時限目までありますが、
補修という名の強制授業がありました。
「0時限目」と呼んでいました。
さらに週休二日制導入の移行期だったので
学校も一部の土曜日を休みにしていましたが、
その分、不足した授業数を埋めるために
1日だけ7時限目を設けていました。
ただ、この7時限目については
教員の中でも賛否か別れていて
1年で廃止となりました。

夏休み、冬休みの補修も
びっちり入っています。
(もちろん部活もあるので
その時間を縫ってやっています。)

今、社会で働くようになって思うのは
こんな過酷な環境で
よく教員たちは働いていられるなと、
私だったら辞めているなという感じです。

0時限目があるということは
学校に行く時間も早いわけで、
長時間労働をよくやってられるな、
と痛切に感じます。

生徒側も学校側におんぶ抱っこせず
自主的に勉強すれば
0時限目の補修などやらなくてもいいのですが
お互いに「学校が悪い、教員が悪い、環境が悪い」
「生徒が甘い、保護者が甘い、環境が悪い」
と言い合っているような状況です。

なんでこんなことが起きるのかと考えると
「進学校」というメンツを保つ以外にない
と感じます。

「○○高に入ればそこそこの大学へ行ける」
淡い期待だけ抱いて、かといって
そのためにふさわしい努力を重ねるわけでもなく
文句を言っている印象です。

「結果にコミットする」といっている業者に
ダイエットしたいといって契約しておきながら
指導された、運動や食事を守らず、
結果が出ないことに文句ばかり言って
業者のやり方が悪いと言い出す。
というのに似ているかもしれません。

業者もビジネスなので、
そんなワガママな人でも
一生懸命、向き合って痩せさせるしかありません。

「一応、進学校」の実態です。
(私立の学校ならわからなくもないのですが、
公立の学校がなぜそこまでしなくてもとは思いますが
いろいろ事情があるのでしょう)

転勤でやってきた先生たちはみな驚く

当然、教員たちの負担は大きいです。
というか、そこまで面倒見なくてもいいんじゃない?
と思うくらいです。
(いや、教員たちが一番「ふざけんな!」と思っていたはず)

この学校に転勤された先生たちは
学校の実情を知って絶望していたようでした。

具体例を2つ挙げると
2年の時、担任だった数学の先生と
2年の時、転勤してきた国語の先生です。

学生時代

 

普通の大学生。
中高時代の劣等感から
なにくそ根性で必死にもがいていた時代。
思いっきり空回りして
自己否定のループに陥る。

東京での暮らし

今思えば親の収入を考えると
ここで東京都内に6年間も仕送りをして
生活をさせてくれていた環境が
どれだけ恵まれていたのか。
今振り返るとわかるのですが、
当時は全くそんな気持ちもなく…

その後、就職で地方に移住して、
東京の恵まれた環境と
地方は良いところだけれども
その空気感が自分の性格・価値観には
整合しないということを実感し始めます。

このとき、あれば人生が好転したもの

  • マーケティング
  • お金の稼ぎ方
  • ファッションに対する興味
  • 数多のバイト経験
  • インターン経験
  • 人生設計
  • やりたいこと
  • 自己肯定感

新卒社会人・サラリーマン時代

普通の社会人。
自分が変わり者であること
他人の多様な価値観を知り
衝撃を受ける。
自分の世間知らずぶりを痛感。

その後、なんとか立て直したと思われたが
自分を抑圧しすぎて
メンタルの病気となり休職。
復職できずにそのまま脱サラ。

このとき、あれば人生が好転したもの

  • 対人能力
  • ノンバーバルコミュニケーション
  • 伝える力
  • マネジメント
  • 矛盾や理不尽を受け流す能力
  • 自己肯定感

脱サラ後の経歴について

フリーランスとして働きながら
閑散期はスポット、短期アルバイトを数種類経験。
新卒で就職した会社しか経験しなかったが、
様々な業種、規模、地域、人間関係を経験し

自分は他の人よりもこういう仕事が向いているのかな?
このいう種類、環境の仕事は絶対に無理!

という自分の特性を得ることができる。

ひたすら自分の働き方を模索した数年間でした。
業務委託、ダブルワーク、などの働き方や
複業という収入減を複数持つ働き方などを
実現しようと奔走してきました。

当然、業種などは限られてきますし、
クライアントや雇用主側の都合との折り合いが
大変になります。

再び就職

2020年のコロナショックにより苦しくなるも
雇われずに、フリーで一年ねばる。
しかし、お金・家族・人間関係すべてを失い
時給1,060円の仕事からやり直すことを決意。

本当に好きなことは何だったのか?
本当にやりたいことは何なのか?
どんな人生を送りたいのか?
何があれば幸せに生きていけるのか?

これらを振り返りながら日々を過ごしています。

志村けんより変なおじさんになってしまった。
(若い時には想像もしなかった。)

離婚

離婚についてはいつか整理して
まとめようとは思っています。

それまではとりあえずは

だんなデスノート

を読んで、(勝手に)応援しています。

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