【大愚和尚の一問一答】人間関係がうまくいっている人の特徴【友達、人間関係】

大愚和尚の一問一答

「大愚和尚の一問一答」の記事を書く目的

必要とされる方への橋渡し

YouTubeは解決したい、知りたい目的の動画を探すのに不便
過去にあの動画をもう一度見たいと思っても
どの動画だったか分からなくなる時があります。

過去にあの事を話していたのを
もう一度聞きたいと思っても
会話の内容までは検索機能が及ばず
膨大なコンテンツから探せないことがあります。

YouTubeは特に目的もなく
「何か面白い動画ないかな」
という心境で見るのには
とてもいいプラットフォームです。

しかし、順番通り系統立てて視聴したり、
特定の分野だけを視聴したいときには
あまり得意ではないプラットフォームです。

もちろん、再生リストという機能がありますが
事足りているとは個人的に感じてはいない部分があります。

以上の観点から、
誠に勝手ながらテキストと当方の主観や感想を
混ぜた記事で検索されやすい記事になればと考えています。
それによって動画への認知につながり
救われる方へ繋がればと願って書いています。

自分自身の心の整理

自分ごとの目的で申し訳ありません。
生きていていろいろと浮いたり沈んだいるすることもあり
過去の自分を大愚和尚の動画で
振り返り、検証をさせていただいていることが多いです。
思考の整理をさせていただくために
まとめています。

多少の主観や感想も語らしていただいております。
私なりに何かの役に立てばと思って記述しております。
もし感想や当方の考えに共感が持てなければ
退出されることをおすすめします。

ご関係者のみなさまへ
表現や内容でもし気になる点や問題点が
ございましたらお伺いさせていただきます。
お手数でございますが
フォームにてご連絡いただけば幸いです。

読者の方も
もし、どうしても気になることが
ある場合はフォームから
「優しく」つぶやいていただけると
助かります。

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友達関係の相談

人間関係がうまくいっている人の特徴

「友達がいない人」の2つの問題点

ご相談内容

相談の要点

  • 42歳女性からのご相談
  • 悩みはいつもグループに入ることができないこと
  • 知り合ってしばらくするとそっけなかったり無視される
  • いつもこのパターンになる
  • 友達は一人もいない
  • 習い事に通うのが苦痛、職場を変えようと準備している
  • 心置きなくお話しできる友達ができるでしょうか?
  • 仲を深めていくにはどうしたらよいのかがわからない

私は42歳、旦那、子供一人がおります。
私の悩みはいつもグループに入ることができないことです。
例えば、職場、習い事、ママ友。

はじめは私はあまり人見知りをしないので
お話がスムーズにできます。
ですが時々どもり会話の表現が幼いところもあり
会話のキャッチボールが楽しくないのか
活発な方、頭の良い方しばらく経つと返事がそっけなかったり
無視されます。
いつもこのパターンになるので
常に失礼なこと言わないようにしよう。
細心の注意を払っています。
逆におとなしい方には一生懸命話しかけますが
仲は深まりません。
6年間仲良くしていた友達も
忙しいからこの次この次ね
っと続き疎遠になりました。

そんな感じを繰り返し
新しい場所で新たな友達を作ろうとしますが
数日は楽しく過ごしてもしばらくすると
避けられる。舐められる。
という状態で残念ながらお友達は一人もいないです。

もうこの年なので一人で過ごすことも考えますが
今、習い事があと4か月ありまして
今、この状態で通うのが苦痛です。
多額の学費を払いましたので
しっかり学んでいくつもりですが
苦痛の中、行く必要があるのかな
とも考えております。

職場は変えようと準備しています。

私に心置きなくお話しできる友達ができるでしょうか?
職場の方と仲を深めていくにはどうしたらよいのかが
わかりません。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

ママ友も話していて
違和感を
感じるんだろうな

ちょっと疎い部分が
あるのよね。
本人にはそれが分からなくて
苦しいんだけど。

サンガ

仏教の修行者たちの集まりのことを「サンガ」と呼びます。

サッカーのチームでしたかね。
京都サンガというプロのチームがありますよね。
あの「サンガ」というのもこの仏教教団の
集まり「サンガ」からとったものです。

お釈迦さまは修行者たちに3人以上集まって
修行するということを推奨なさいました。

なのでこの3人以上の修行者の集まりというのを
「サンガ」というんですけれども

なぜ3人なのか?

というと
一人だとやはり怠けてしまう
だらけてしまう、もういいかなと思ってしまう。

二人だと仲違いをおこしたら終わりになってしまう。

けれども3人以上になるとですね。
そうすると怠けることもできない。
仲違いをおこして二人が離れ離れになるということも
3人目が抑止力になって、
「おいおいおい、ちょっと待て待て」
というふうにして

この3人ということが
その最終目標である修行の成果としての
例えば悟りであったりというところに向かって
己が成し遂げたい目標に向かっていくのにちょうどいい、
弱き人間であるがゆえにちょうどいい。

このバランスであるということで3人以上
一人でもない二人でもない3人以上という
そういう修行のスタイルを
お釈迦様が提案なさったんだろうと思うんですね。

職場にしても習い事にしても
やはり一人でできることの力というのは
限られていますから
一人より二人
二人より三人
三人より四人
人数が増えれば増えるほど
ある意味では何かの成果に向かって
大きな力を発揮しやすい。

けれども同時に
人数が増えれば増えるほど
その中にもやっぱりいろんな人たちがいますから
考え方の違い、価値観の違い
育ってきた環境とか持っている知識、能力の違い
それによって集団が大きくなればなるほど
諍い(いさかい)が起きるわけです。

この仏教のサンガ、
お釈迦様の修行教団にも同じことが
起きました。

この修行の教団の中でですね
当然いろんな人たちが出てくるので
そこの中にいろいろな争いごとの
原因になってしまうようなことが起きたりとかね。

やっぱり考え方がみんな違う。
ある人は周りの顔色を伺って生きている。
ある人は周りのことなど一切気にせずに
もうやりたい放題やって生きるという人もいる。
いろんな人たちがいる。

なのでこの集団生活をしていく上で
「最低限こういうことは気を付けような」
「こういうことはやらないようにしような」
というルールが決まっていくわけです。
細かいことまで。

これが戒律の「律」と呼ばれる集団のルールです。

修行者たちが一人で修行するのは難しい。
けれども二人も仲違いしたら終わり
でも三人以上になってくると
今度はそれはそれでまたいろいろな問題が起きるから
ゆえにね戒律というものをもって
そして集団ができるだけ調和して
そしてその考え方
そしてその行動が
同じ方向に向かって
サンガが協力し合って
目的を達成するように
という風にしていろんな仕組みが出てくるわけです。

本来ね学校にしても職場にしても
習い事にしても
みんな実は一人で何かをやるよりも
二人で何かをやるよりも
三人以上で集まってやっていくがゆえに
達成できることの大きさ、メリットがあるから
集まるんですね。

だけれどもこのサンガの戒律のように
その三人以上の集まりの中で
やっぱり人間関係の問題というのが出てくる。

なので職場にしても
それから学校から習い事にしても
上司とか先生と言われる立場の人は
一人で勉強するよりも
複数が集まって切磋琢磨して
やった方がいいので
そこの部分もひっくるめて
単なる知識や技術の伝授というだけではなくて
そのサンガがうまく調和して
切磋琢磨してそれぞれ来ている人たちが
より一人一人がね
成果を発揮して欲しいわけです。

会社だったらね。
一人一人の作業能力が上がって欲しいわけです。
効率が上がって欲しいわけですよ。
それぞれが持っている力を発揮して欲しいわけですよ。

学校や習い事だったら生徒さん一人一人が
それぞれ相乗効果でお互い刺激し合って
そして伸びていってほしいわけですよ。

本来、先生とか上司というのが
その仕事であったりとか
先生が伝えたい内容だけではなくて
よりその学習効果、作業効率が高まるように
チームを作っていく。

ここまで本来は学校というのはしたりとかね
習い事というのは先生も配慮したりとか
それから職場も上司がそういうことに対して
配慮したりっていうのが本当は望ましいんですけれども
なかなかそうはいかない。

ましてや大人の習い事とかね
子供たちであったら
先生たちと気をつけるんですけれども
大人だとね
そこまでなかなか生徒さん同士の
仲がいいとか悪いとか
あの人はほったらかされているとか
そこまでやっぱり配慮するということはない
と思いますし、なかなかできないと思います。

また生徒さん側もそんなことまで
先生に気を使ってもらおうとは
思ってないっていうのは
大人の学習だと思います。

生徒側の心理として
「言いたくない」
というプライドが
働いてしまうことがあるわね

それでもまあ私の場合は
自分が何か習い事というか指導したりする場合には
むしろ伝えていく内容よりも
そのチームの中で誰かが
置いてきぼりになってないかなとかね
誰かが仲間外れにされてないのかなということは
私の場合はかなり気を付けますし
僧侶なので余計そういう中でお互い諍いがあると
結構細かいところも突っ込んで
そういうときはちゃんと気を使ってねやってあげなさい
とかいうことをアドバイスしたりも
するんですけれども
中々そうはいかないと思います。

先ほど言いました仏教教団というのは
サンガというのですね。
元々は実はそうは言っても
そもそもサンガに入ってくる人たちというのは
世間のはみ出し者だったんです。

世間でうまく生きられない。
世間でみんなと調和してできない
という人たちが
行く場所はない、そんな人たちの生活まで
まるまる人生を引き受けていくというのが
実はサンガだったんですね。

なかなかサンガというものが
今ですね、その人の生きづらさみたいなものを
解消するっていうことは
そこまでひっくるめて引き受けていく
ということをしてくれるサンガは
世の中にあまりないんですね。

私のいる福厳寺では
将来的にはテンプルステイということを
まあ近い将来に考えているんですけれども
このテンプルステイでは
そういった世間の中での生きづらさを
抱えている人たちというものを
テンプルステイによって受け入れていくということを
実は計画しています。

ただ受けれ入れてその人たちが
世間では認められなかったとか
世間でうまく生きられなかった
だから他に行くところがないので
このサンガに入ってくる
テンプルステイに来る
その人たちをただそのまま受け入れる
ということだけが私の考えているサンガではないんです。

相談者の問題点1つ目

相談者の問題は何かというと
2つそこに私は問題があると思っています。

一つは何かというとですね
やっぱり他の人に好かれたい
友達が欲しいっていう思いです。
この思いをもっちゃいけないのか
というとそれはみんな友達欲しいですよね。

友達が欲しい
だけれども
この思いが強すぎると
どうしても知らないうちに
卑屈になってしまうんです。

友達になってもらいたい
友達になってもらいたい
って思っていろいろと知らないうちにですね
そこにいびつな笑いや
いびつな言葉や
知らないうちにその緊張はですね
人に対して緊張を生んでしまうんですね。

嫌われたらどうしよう
友達になってほしい
友達になるということは
結果であって
そして友達になろうとしてなる
っていうのはやっぱりどこかで
無理があったりするんです。

例えばこれ仕事も一緒なんですけど
お金が欲しい
お金が欲しい
お金が欲しい
と思ってお金を得ていく。
結果的にみなさんできると思うんですけども
お客さんに対して
お金ください
お金ください
お金ください
ってストレートに言ったら
何この人やらしいと思うじゃないですか。

あくまでなにかしらそのお客さんが
こんな商品なら
こんなサービスマンなら
こんな店員さんならとか
どこかかでねそこに好意的な感覚をもって
そして結果として喜んでお金を払っていただく
ということが起きるわけなんですね。

人間関係も全く同じで
なんかこの人と友達になりたいな
なんかこの人のこと知りたいな
という風にして
関係ができていくのが自然であり
また良き関係が続く友達になるわけです。

友達になってください
なってください
なってください
って思っているんですけど
あまりにそのことを思いすぎることによって
友達になろうとせんがために
変なところで笑ったり
なんかその緊張をもってやるので
人間関係がちょっとこう
ギクシャクしながら、
でも自分は友達って一生懸命
その人の袖をつかんで離さない
っていうような状態に
なってしまってたりするのに
本人が気が付かない
ということがあったりします。

友達になりたいという思いは
大事なことなんですけれど
その友達になろう、なりたいという思いが
強すぎることで
自分が緊張を持ってしまう。

そのことによってその緊張を
本能的に動物的に相手も感じるんですね。
なのでそこにねなんとなくこの人と
友達になることは…
興味は周りの人持っているはずなんです。

だけど本当に友達として怖いなっていう感じを
持ってしまったりすることがある。

なので私もいじめとか
友達、仲間外れにされている人って
仲間外れにされた側
イジメられた側っていうのに
みんな焦点を当てるんですが
イジメる側とか仲間外れに
本人たちはしているつもりはないかもしれない。

結果として、
してしまっている側の心理
っていうのを見たりすると
自分はそんなにこう
「最初から興味がなかったわけじゃないんだけど
なんとなくあの人と付き合いづらい」
って言ったりするんですね。

だからね友達になろうって思っている。
そのことが強すぎてしまって表に出すぎてしまう。

あるいは自分がそこに緊張という形で
嫌われたらどうしようと緊張を持つがゆえに
そこにビビりが入り
そこに何か違和が
言葉に表現できない違和感が出るんです。
これがね友達を遠ざけてしまう一つの原因にもなりうる。

なので一人でいいやと
嫌われたっていいやと
別にこの人と友達になれなくてもいいやと

そもそも職場に来ているのは
自分の生活費の糧を稼ぐためであって
友達を作りに来ているわけじゃないからと
そもそも習い事に来ているのは
その習い事のスキルなり知識
その習い事を通じて何かのね
スキルや知識を得たいがために
行っているんであって
友達と群れに行っているわけじゃないわけですよね。

むしろそのぐらい思って
その集団の中にいるっていう
ぐらいの方がまずは気楽になれる。

これがその問題かつ処方箋ですね。

相談者の問題2つ目

そして二つ目の問題。
これは何かというと…

そうは言ってもね
私も本当にこう人間関係がうまくいかないんですって
来られる方々の相当数
相談に乗ってきましたけれども
私がそういう方々を見てて
あるいは自分もそういうところがありますからね
やっぱりね。
どこかで人間ってみんなあると思うんですよ
不器用さがあるし
こんなお説教してますけど
私だって完璧な人間じゃないですよ。
だらしないところとかうまくできないところとか
ということがいっぱいあるんです。

ただ言えることは何かというと
多くの方々を見てて

大愚和尚
大愚和尚

ああ、この人は友達出来ないだろうな

っていう要素があるんですよ。

それはね性格の問題じゃなくて
その人の言っちゃいけないときに
何かを言ってしまう。
このタイミングでそれやるか
っていうことを本人は悪気は全くないんだけど
やってしまう。

そこに気づいてくれないし
またそれを指摘してくれる人もいない
そこが問題なんです。

子供ならまだしも
大人になってしまうと
そんなことを言ってくれる人って
いないんですよ。

別にその人の性格が悪いとか
っていうんじゃなくて
無意識のうちに
他の人が何となく嫌なことをやってしまうとか
何となく嫌がる距離感を
関係ができていないのに
自分から距離を詰めてしまうとか
この辺のさじ加減っていうのは
練習しないとできないんですよ。

練習するというか分からない人にとったら
教えてもらわないと分からないんです。
そんな細やかなしつけ
ということをなされないまま
そういうしつけを受けないまま
そういうことを指摘してくれるところ
教えてくれる人がいないまま
社会に放り出される人っていうのは
今すごく増えている気がします。

だから生きづらいんですよ。

あなたの性格が悪いということじゃないんですね。
あなたの頭が悪いということじゃないんです。
この言葉にならない微妙な関係を
様々な関係の中で練習をしていないということです。

話変わるんですけど
私その空手をずっとやっていて
決して自分が格闘技が好きで
強かったから空手に入ったんじゃないんですよ。
むしろ弱虫だって自分で思ってたその自覚があったので
空手道場に入ったんです。
空手の稽古と通じてすごく学んだことがあります。
それは何かって言ったら
空手っていうのは拳や突きや蹴りを通した
人とのコミュニケーションなんですね。

面白いもんでね。
辞めなければ道場に長く通っているとね
道場に入ってくる前と比べると必ず
1年後2年後ちゃんと稽古に休まずきてたら
必ず強くなるんですよ。

もちろんその中でより速く強くなる人もいれば
中々強くなりにくい人もいますよ。
いますけど必ず多くの人たちが
特別な才能のある人たちが
突出してうまくなって
センスのある人たちだけが
強くなるっていうんじゃないんですよ。
格闘技って。

必ず続けていったらどんな人も
どんなに弱虫も
必ずある一定期間
ちゃんと継続して稽古に来続けることによって
ゼロの状態から1、ゼロの状態から3とかに
なっていくんですよ。

空手道場において
強くなるということはどういうことか?
先ほど言いました突きや蹴りを使った
相手とのコミュニケーションなんですよ。
それを一切言葉を使わずに
突きとか蹴り、パンチとかキックで
やっていくわけですね。

お互いスパーリングをする、組手をする時
というのは突きや蹴りをお互い繰り出すわけです。
「この突きが効いたな」
「この突きで弱気になったな」
「この蹴りで相手がちょっとダメージを負ったな」
ということ相手は言いませんよ。
「今の突き効きましたね」
「今の蹴り痛いですね」とか
絶対言わないですよ。

それをポーカーフェイスで
悟られないようにやるわけですけれども
突き蹴りを繰り出しながら
相手の言葉にならない言葉を
体から感じるわけです。

平気そうな顔をしているけれども
今これで弱気になったな
ということを感じた瞬間に
そこからバババッと一気に崩していくわけです。

突いてみて蹴ってみて
「あっ、崩れた」
「あっ、心が揺れた」
「あっ、ひるんだ」
「全然聞いてない」
とかいろんなことを
こちらは微妙に感じ取りながら
でもそのポンとやってみて
という中で一瞬、隙ができたところ
というのを見逃さずにドーンと突いていく。

その中には自分の中にある相手に対しての
恐れとかねビビりとか
この人強いなって
自分がビビってしまう
そのやり取り微妙な押し引き、やりとり
というものが均衡がどこかで崩れたときに
相手に勝つということが起きるんです。

それをですねずーっと探り合うということを
無言でやるんです。

例えば全日本大会の選手とかってなるとね
わずか一分二分でもいいけれど
スパーリングを1回の練習で60ラウンドとか
70ラウンドとかやるんですよ。
ものすごい数の対人コミュニケーションということを
言葉を使わずにですね
練習していくわけですよね。
その中でですね様々なことを学んでいく。

けれども一番学ぶのは何かといったら
「痛み」ですよね。

ガードが空いているよなんて先輩言いません。
バーンって蹴るわけです。
パーンと突くわけですよ。
う~~ってうずくまって苦しむわけです。
そのガード甘いよっていうことの指摘を
言葉では言わないんですね。

なので二度とやられたくないので
自然と体が覚えていく。

そうやって技術というのはですね
すごい時間をかけて
これはダメだった
これは良かった
これはうまくいった
これはうまくいかなかった
これは相手を喜ばせるんだ
これは嫌がられるんだ
っていうこの微妙な表現とか
関係力というものを

すごい膨大な練習量と情報量の中で
学習していくわけです。

こういう経験がないと
やっぱり社会に出てね
一通りセリフを言うように
人と関わろうと思っても
なかなかやっぱり友達って
できなかったりするんです。

相談者の2つ目の問題は何かというと
対人関係においての
何か知らないうちに自分が
相手にとって嫌がられるような
この人と友達になりたくないな
というようなタイミングで
言っちゃいけないことを言ったり
やっちゃいけない振る舞いをしたり
ということを無意識のうちにやっている。

だけど自分はものすごいその人と友達になりたい。
とにかく友達になりたい。
とにかく友達が欲しいんです。

このことをなかなか周りの職場の人とか
習い事の人たちも相談者が
そういう状態にあるということを観察して
相談者のことを「この人、不器用なんだな」
っていう風にして見てくれる余裕のある人がいない
っていうだけなんですね。

相談者の性格が悪いわけじゃないんですよ。
相談者の頭が悪いわけじゃないんですよ。

ただコミュニケーションのその言葉になる世界
そして言葉にならないノンバーバルな表現も含めて
どこかにやっぱり人とうまく関係を築いていけない
相手の人から嫌われてしまったり避けられてしまう要素
があるのかもしれないですね。

冒頭に申しました私が理想としているサンガ
というのはやっぱりね将来テンプルステイを
やりたいなと近い将来やるつもりでいるんですけれど
相談者はそういう人だなと。

そういう相談者をそのままでいいの
という風にして受け止めるだけではなくて
やっぱり今まで
いろんな関係を築いてこようと思ったけれども
関係が築けなかったであれば
それはきっとね相談者が知らないうちに
初めてのグループの中で対人関係において
どこか他の人から避けられてしまう要素を持っているんだろう。

そういうことをひっくるめて
それをですね相談者を否定することではなくて
相談者のような方が持っていらっしゃる
コミュニケーションの
相手にとって嫌われてしまう要素を指摘して

「こういう時もっと気を付けようね」
「こういう時こういう風にしたら
もっとたぶん他の人とうまくできるよ」

というようなことまで
一緒にわずか数日でも生活をともにしながら
お師匠さんからお弟子さんが学んでいくように
親からもう一度子供が学んでいくように
人と人との関係を学んでいく。

大愚和尚
大愚和尚

そんなサンガを作りたいなというのが
実は私の目指すテンプルステイなんです。

人間関係の悩みは永遠の課題

昔から人間の悩みの大半は人間関係の問題です。

人間関係がうまくいかないがゆえに
商売もうまくいかないんですよ。
人間関係がうまくいかないがゆえに
実は勉強もうまくいかなくなったりするんです。

人間関係、対人関係のスキルなんていう
表面的なことではないです。
その肌感覚のセンス。

これは私もこれまでいろいろなお弟子さんたちを
通じてですね
ゼロから一気に100点にもっていくことはできないし
私だって100点じゃないですから。

自分の対人関係において
人との関係の築き方
それから一生懸命自分がその人と仲良くなりたいと
思っているのについに拒否られてしまうってことは
いっぱいあるわけです。

大愚和尚
大愚和尚

私だっていっぱいあります。
私のこと嫌いな人いっぱいいますよ。
だけれどもそんなことに自分も潰れない。

でもできることならば多くの人と調和していきたい
それが人間じゃないですか。
だったらね。
それを性格の問題とか、
その人の能力の問題で片付けずに
レッテルを貼らずに
どこかでここの部分だよね
っていうことを
一緒に生活をしながら
そんなことまでお互い指摘をし合ったり
そしてそれをまた自分も素直な指摘を受けとめて
なんとか自分が人に媚びるというんではなくて
避けられることは避ければいいじゃないですか。

ぶつかり合う必要があれば
どんとぶつかればいいんですよ。
お互いね。

でもそんなことをひっくるめて
関係が深まっていく
ご縁が広がっていく
その方が絶対生きやすくなります。

大愚和尚
大愚和尚

生きづらさの大半は
私は人間関係にあると思っています。

この生きづらさがここにあるのであれば
その人間関係がうまくいかないというには
うまくいかない理由があるんですよ。
うまくいくにはうまくいく理由があるんですよ。

そこの部分をお互いね
能力によってとか
知識によってということじゃなくて
点数一切関係なく仏教は心を清らかに穏やかに保ち
良きことを成し少しでも悪しきことをやめよう。
そこに価値を持っています。

成績がいいとか年収が高いとか
有名な会社に勤めているとか
その尺度でものを見るわけではない
ということです。

良きことを成し、
悪しきことをできるだけ避け
心清らかに保つ

そんな努力を続けている人が
尊敬されるべき人なので

私の目指すべきサンガは
そういう人たちが集まって
そこにね生きづらさを感じているのであれば
何で私たちは生きづらいんだろう
ということをひっくるめて
受けとめていく。

そして自分が改善できることは改善していく。
そうやって能力、その人の性格ではない
ところで怠ることなく自分を磨いていく。
そしてより自分が社会と調和して少しでも
苦しみを減らしていく。
それが可能であるから
その努力をすればいいということなんです。
無理なことならそうしろとはいいません。

なので私も相談者のお手紙を見るに
お会いしたことないので
どんな方かわからないんですけれども
今、読ませていただいて
十分、そういう可能性があるだろうし
私たちもそんなサンガを築いていきたいと
思っています。

でもまずは自分でできることとしてね
処方箋、
無理に人と友達になろうと思って
自分の内側に緊張を生まないっていうこと。
ギクシャクするから。

それから転職したくて転職なさるならいいんだけど
習い事だってやめる必要ないんですよ
友達と群れるために習い事に行っているわけではない。

上手に人間関係を築く人の特徴

最後になりましたけれども
私の周りにいる極めて人とうまくやってらっしゃる方
私の身の回りのスタッフとか
私の周りにいる方々とか仲のいい友人とかに
私ね聞いてみたことあるんですよ。
必ずみんなに聞くんですよね。

大愚和尚
大愚和尚

上手に人と関われるなぁと思うんです。

それでね誰かとすごく群れているっていうか
なんかみんなと一緒にねすごくうまく人間関係を
築けているという感覚ってありますか?

というとね
大概すごく上手に人間関係を築いてらっしゃる人ほどね
「自分はいつも一人という感じがある」って言う。

びっくり!

でもその一人っていう感覚を嫌だと思っていない
ということです。

自分はどこかで人と群れないっていうことを
意識してらっしゃる方
仲良さそうにしているんですよ。
決して嘘かというとそうでもないんです。
ただどこかで自分は一人という自覚を持っている。

だから人に対しておそらくね
配慮ができるんだと思う。
甘えてないということですね。

緊張もしていないんですよ。
ものすごく緊張して疲れ切ってしまうような関係を
築いているわけでもないんです。

ただ基本として自分は一人である。

なので一人と一人の人が接するっていうことを
大事にしている。
そんな感覚を持ってらっしゃるんだな
という風に思います。

大愚和尚
大愚和尚

この人本当に友達多くって
本当に上手にやってらっしゃるなぁ

って思うんですけど意外にそれは
一人っていう自覚を持っている。

でもかといって
他の人と付き合っているということは
別にすごく嫌で無理に
本当は一人がいいのに緊張しながら
無理やりテクニックで関係を
作っているわけでもないんです。

だけどベースになるのは
自分っていうものの目的を失わない。

習い事に行ったら習い事は目的ですよ。
じゃあその知識とか技術を
学んでくればいいわけです。
別に群れる必要はない。

でもね。
そうやって一生懸命、自分の目的に向かって
そしてかといって
他を寄せ付けないということでもなく
無理に友達を作ろうとするって
そんな意識でもなく
一生懸命、自分が学んでいることとか
仕事でなすべきことを
誠意をもって丁寧に行おうって
そんな人にはね人が声をかけてきます。

なのでぜひね相談者も自分の中に
対人関係においてできるだけ
緊張を持たないようにする。

緊張してしまうのは自分がその人から
嫌われたくないと思うからなんです。

その人と友達になりたいと思いすぎるからなんです。

自分が職場に行ったら仕事を一生懸命
丁寧にやってそして自分に与えられた職務はまずね
そこを他の人に迷惑かけないように
ちゃんとこなせるようなろうと思って
その仕事の練習をしたり
その仕事をひたむきに行ったりする。

習い事に行ったら
習い事に行った目的は
その習い事によって知識やそのスキルを得る
ということでしょ。

だからそれに対して一生懸命、
講師の先生とか教えて下さる
先生のおっしゃることを聞いてね
そして自分でも工夫をして
それができるようになろうって
努力すればいいんです。

そんなひたむきで誠実で真摯な姿を
見ていたら誰かしら
そこに友達が一人二人、
友達になりましょうと
言ってこないかもしれませんけれども
相談者のことをどこかでね

「あっ、この人素敵な人だなぁ」

って見てくれる人が出てくるはずなんです。

なのでぜひね自分で自分が知らないうちに
他の人に嫌がられるようなことを
小さな癖を持ってらっしゃるかも
しれませんけれども

できることならばご主人とか
ちょっと知り合っている人とか
親とかね
僅かながらでも繋がっている友達が
いらっしゃったり
兄弟がいらっしゃったりしたら
そういう人に聞いてみるというのも手です。

「私って何か人に嫌わるようなところがあるかな」

っていうのを聞いてみるのも手です。

けれどもそれ以上に誠実に嘘をつかずですね
丁寧に自分のなすべきことをしている。

それで人から一切喋らなくても
それで人に嫌われるということは
基本的にはないはずなんですね。

ですからどうかね。
無理やり自分で友達作りたい、友達欲しい
っていう緊張を自分に生んでしまうようなことを
あえて自分に課す必要はないので
嫌われているかもしれないけれど

「まあ、いいや」

とね、なんかこう空気のような存在でいいや
そのぐらいのつもりで一人でいる。

ただ自分がなすべき責任とか役割は
誠実に丁寧に果たそうとする。
それだけを意識してみてください。

自ずとそこから友達ができたりするものです。

どちらにしても自分の望みが強すぎると
そこに自分の中に緊張を生んでしまう。
その緊張が

言っちゃいけないことを言っちゃったり
やっちゃいけないことをやっちゃったり
変な距離感を自分で無理やり作ってしまったり

そんなことに繋がってくるというのを
私も多くの方々の人間関係の悩みを
持ってらっしゃる人のお悩みを聞いて
その方々と実際にお会いして
そんなことを最近感じています。

参考になれば幸いです。

大事なポイントをまとめると

  • 仏教の修行者たちの集まりを「サンガ」という
  • お釈迦さまは3人以上集まって修行することを推奨した
  • 集団が大きくなればなるほど諍いが起きる
  • やがて集団に「律」と呼ばれるルールができていった
  • 相談者の問題は2つある
  • 一つ目は友達が欲しいという思いが強すぎるために
    卑屈になり、緊張を生んでしまう
  • 二つ目は言ってはいけないことを言ったり
    やってはいけない振る舞いをしたり
    ということ無意識のうちにやっている
  • 相談者の性格や頭が悪いわけではない
  • 無理に友達になろうとして
    自分の内側に緊張を生まないこと
  • 上手に人間関係を築く人ほど
    「自分はいつも一人」という感覚で生きている
  • そういう方は人に対して配慮ができ、甘えていない
  • 緊張してしまうのは
    自分が嫌われたくないと思うから。
    友達になりたいと思いすぎるから。
  • 自分がなすべき責任、役割を
    誠実に丁寧に果たそうとすることだけを
    意識してみてください

嫌われるのは怖いけど
そういう心境って
どんなに隠そうとしても
相手に伝わっているものですよね。
自分が警戒していれば
相手も警戒する。
自分を飾らず自然体で
人と接することができれば
きっと状況も変わると思います。

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