【大愚和尚の一問一答】自分の弱さをさらけ出せる人がいますか?

大愚和尚の一問一答

「大愚和尚の一問一答」の記事を書く目的

必要とされる方への橋渡し

YouTubeは解決したい、知りたい目的の動画を探すのに不便
過去にあの動画をもう一度見たいと思っても
どの動画だったか分からなくなる時があります。

過去にあの事を話していたのを
もう一度聞きたいと思っても
会話の内容までは検索機能が及ばず
膨大なコンテンツから探せないことがあります。

YouTubeは特に目的もなく
「何か面白い動画ないかな」
という心境で見るのには
とてもいいプラットフォームです。

しかし、順番通り系統立てて視聴したり、
特定の分野だけを視聴したいときには
あまり得意ではないプラットフォームです。

もちろん、再生リストという機能がありますが
事足りているとは個人的に感じてはいない部分があります。

以上の観点から、
誠に勝手ながらテキストと当方の主観や感想を
混ぜた記事で検索されやすい記事になればと考えています。
それによって動画への認知につながり
救われる方へ繋がればと願って書いています。

自分自身の心の整理

自分ごとの目的で申し訳ありません。
生きていていろいろと浮いたり沈んだいるすることもあり
過去の自分を大愚和尚の動画で
振り返り、検証をさせていただいていることが多いです。
思考の整理をさせていただくために
まとめています。

多少の主観や感想も語らしていただいております。
私なりに何かの役に立てばと思って記述しております。
もし感想や当方の考えに共感が持てなければ
退出されることをおすすめします。

ご関係者のみなさまへ
表現や内容でもし気になる点や問題点が
ございましたらお伺いさせていただきます。
お手数でございますが
フォームにてご連絡いただけば幸いです。

読者の方も
もし、どうしても気になることが
ある場合はフォームから
「優しく」つぶやいていただけると
助かります。

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人間関係のご相談

自分の弱さをさらけ出せる人がいますか?

生き残るために必要な本当の強さとは?

ご相談内容

相談の要点

  • 17歳女性からのご相談
  • 変わりたいと思い
    思い切って留学することに決めた
  • もう一年も経とうとするのに
    友達が少なく学校にいても
    自分の殻に閉じこもってしまう
  • 自分を責める毎日
    なんとか一年は耐えようと
    ここまで踏ん張ってきた
  • 数日前に
    学校で涙が止まらなくなり
    無断でホームステイ先の家まで
    逃げるように帰ってきた
  • 家族以外の人に
    自分の弱い部分を見られたくない
    カッコつけてしまう
  • もうすぐ1年たつが
    それまで学校に通う自信がないです。
  • これから何をしても続かず
    家族を振り回してしまいそうで怖い
  • 何があってもへこたれない強い人になりたい
  • 自分の弱さに負けてしまう
    そんな自分が大嫌い
  • 私は一生変われず弱いままなのでしょうか?

私はいま高校留学をしており
海外で生活しています。
もう少しで留学して一年が経とうとしております。
私はもともと精神面が弱く
変わりたいと思い
思い切って留学することに決めました。

ですが、もう一年も経とうとするのに
友達が少なく学校にいても
自分の殻に閉じこもってしまいます。
もともと話すことが得意ではなく
自分の意見が上手く伝えられません。
そんな自分が嫌で嫌でしょうがないです。

周りにも何人か留学生がいるのですが
みんな成績もよく
友達も多く、楽しそうで
人と比べてはネガティブになり
自分を責める毎日です。
それでも、なんとか一年は耐えようと
ここまで踏ん張ってきました。

ですが、数日前に
学校で涙が止まらなくなり
無断でホームステイ先の家まで
逃げるように帰ってきました。

数日たった今でも
涙が止まらず
学校も休んでしまっています。

周りには相談できず
日本にいる母に電話をして
「日本に帰りたい」と
言ってしまいました。
母はいきなりのことで戸惑っていましたが
「無理なら帰ってきても良い」と言いますが
「まずはホームステイの人や
学校の先生に相談しなさい」
と言ってくれました。

私は今の今までそういうことを
一切人に相談せず
ホストマザーや先生には
明るく見せようとしてきたので
今、この涙が止まらない状態の
自分を見られるのがイヤで
二日ほど、部屋に引きこもってしまっています。

私はいつも家族以外の人に
自分の弱い部分を見られたくない
という気持ちが強く
カッコつけてしまいます。

人に嫌われたり白い目で見られるのが
怖いのかもしれません。

「母ならわかってくれる」と
母のやさしさには
昔から甘えてしまい
「死にたい、辛い」など
ネガティブなことを言ってしまい
母を傷つけ振り回してしまいます。
最低な娘だと思っています。

あと一か月と少しで
1年たちますが
今はその短い期間を耐え
学校に通う自信がないです。

勝手に一人で帰国
という道を考えていますが
怖くて周りの人に相談ができません。

結局、変わりたいと思っても変われません。
これから何をしても続かず
家族を振り回してしまいそうで怖いです。

もう大人になり
何があってもへこたれない強い人になりたい
家族に迷惑を掛けたくないと
思っていても
自分の弱さに負けてしまいます。
そんな自分が大嫌いです。

私は一生変われず
弱いままなのでしょうか?

 

現地で心を開いて
話せる人がいないのは
つらいね。

選択は本人次第だけど
いろんな人の意見は
聞いたほうがいい

つらいわね~
自分を追い詰め過ぎじゃ
ないかしら?

雪裡の梅花只一枝

中国の天童山(てんどうざん)という
お寺の住職をしてらっしゃった
如浄(にょじょう)というお坊さんがいます。
このお坊さんが
たくさんいる弟子たちのために
励ましの言葉として贈った
このような一言があります

雪裡の梅花 只一枝

雪裡というのは雪の中
雪深い田舎という意味です。
梅花というのは梅の花です。

寒い極寒の雪が降り積もる中に
梅が花を咲かせて
良き香りを放っている
その情景を詠った
一言なんですけれども
裏に隠されている意味は何かというと

悟りを求めて厳しい修行を
自分に課して
お坊さんたちが修行している
弟子たちが修行している
苦しいけれども
辛いけれども
この苦しみに耐えてこそ
悟りの花を咲かすことができるんだよ。

という意味が
そこには込められています。

冬の厳しい寒さに耐えて
その寒さを耐え抜いたところに
1つの良き香りを放つ花が咲く
この雪の中の梅の花のように
あなたたちも厳しい修行が続いているけれども
そこを耐え抜いて乗り越えたときに
良き香りを放つ
悟りの果実を手にすることができるんだよ
そのような意味がそこには込められていると
言われています。

日本に様々な仏教の教えというものが
様々な形でいろいろな人たちから
伝わっているんですけど
福井県に永平寺というお寺があります。
この永平寺をお開きになった道元という
とても優れたお坊さんがいるんです。

道元

この道元が日本の国内で
お師匠さんを求めて
修行を重ねた。

けれども自分のお師匠様は
どうも日本の中にはいない
ということで

中国にわたり、そして中国で
自分が師匠と認める人に出会った
その人が、この今の詩を詠った
如浄禅師(にょじょうぜんじ)です。

当時の中国は
仏教が非常に盛んでしたから
修行僧がたくさん集まるお寺があった

このお寺の中にあって
外国から、しかも日本という小さな国から
来た道元。

非常にいじめられもしたし
友達なんていなかったんだと思います。
ずいぶんとひどい仕打ちを受けたりとか
意地悪もされた。

言葉だって完璧じゃないですから
外国人ですから。
今の人が留学するというのと
桁が違うぐらい大変な思いをして
もう、留学をしてたわけです。

そういう中で小さな日本から来た
若い坊さんということで
ずいぶんと道元も
外国人の差別の様なものであったりとか
いじめのようなこともあったであろうと思います。

すごいのは道元はその時に
時の皇帝に手紙を書いて
「極東の日本という国から
自分は命がけで中国にわたってきた。」

当時は命がけですからね
飛行機でピューじゃないですから
船で時間をかけて中国まで渡って
そして、本当に命がけで
そこのお寺に行きあたってね
自分の師匠として認めた
その先生から教えを請いたい
と思って、ものすごいたくさんの修行僧の中に
自分を投げ入れたわけですね。

そこで、いい思いどころか
嫌な思いばかりなさっていたということが
昔の道元さんの書かれたものを
書く(書写する)とね
それを嫌な思いとは
おっしゃってないんですけれども
様々な体験をなさったんだな、
ということが
そこから推測されるような
文章が残っているわけです。

習慣も違う
食べ物も違う
言葉も違う
しかもいじめのようなことが横行している

というその中国の寺の中にあってね

道元さんは中国の皇帝に手紙を書いた。
「自分は日本という国から来たんだけれども
憧れをもって中国に来たんだけれども」
この当時の中国と言ったら
世界の本当に中心地なぐらい
経済的にも発展してたし
文明的にもものすごい発展してた所だったんです。
ですから「中国に来て、
教えを求めてきたのにもかかわらず
いじめがあったり
変な外国人差別があったりとか
本当にそれは幻滅した
とんでもないことだ」
ということで
皇帝に対して直筆の手紙を書いて
それを皇帝に出しているんです。
そのことによって皇帝が
そんな恥ずかしいことではいかん
ということでお寺にお触れが出て
そして、修行の道場のルールが
改善された

みたいなこともあったぐらい
非常に大変な中でご修行なさった人

この道元さんがのちに
自分の師匠である如浄禅師が
このようなことをおっしゃっていた
ということを記録に残していらっしゃるんです。

ということは
やっぱり非常に優秀な、強い意志を持った
当時のお坊さんであれ
日本の伝統仏教の中でも
非常に名を遺した優れたお坊さんであっても
海外に留学をして
そしてその留学した先でね
自分の思うようにいかずに
辛い思いをしたり、
悲しい思いをしたり
寂しい思いをしたり
ということはやっぱりあったんです。
だからこそ
如浄というお師匠さんがおっしゃったこの一言

雪裡の梅花 只一枝

「極寒の寒い雪の中に
その厳しさというものを乗り越えて咲く
一輪の梅の花のように
あなたたちもこの修行を乗り越えて
そして悟りを得たときには
本当に素晴らしい境地が訪れるので頑張りなさい。」

その一言をおそらく、ご自分も苦しいときに
自分の支えにしてきたと思うんですね。
ですから、それを日本に帰ってきて
のちに如浄という自分の師匠は
こういうことをあの時におっしゃった
ということを書き記していらっしゃるんです。
それを心の支えにしてらっしゃったと思います。

相談者の心境

さて相談者の今の海外に留学した動機を見ると
自分がやはり弱いことから逃げてしまう。

だからそこを何とか克服したいと思って
海外留学というね
話すことがあまり得意じゃない
コミュニケーションがあまり得意じゃない
と思っているからこそ
よけい文化も違う、言葉も違う、
というところを
自分の弱さの克服場所として選んで
留学したわけですよね。

そしてもう一年過ぎようとしているのに
突然悲しくなってしまった。
一年したから慣れるでしょう
ではないですよね。

私も同じような経験があるからわかります。
1年という節目が来ているからこそ
自分がずっと蓋をしてきているものがね
ガバッと出てきてしまうわけですね。

一日、いろんな波があるわけじゃないですか
1日の中でも1年を通しても
「頑張ろう」って思ったり
ああなんか、帰りたいなと思ったり
これまでも何度もあったはずなんですね。

それがふっと自分の心が弱ったときに
追い打ちをかけるように来てしまう
当然、そこには周りの友達とも
あまりうまくコミュニケーションが取れない。

それから学校も自分がついていけるか
ついていけないんだか分からない
というような状態で
おそらくホームシックと言いますか
「家に帰りたい」という理由の背景には
相談者自身も自分ではっきりと分からないような
細かな小さな不安が積み重なって
よけい今の涙を出させるんだと思うんですね。

処方箋

相談者に対する処方箋は

逃げたいんだったら
逃げなさい

ということ。

さんざん雪裡の梅花只一枝
苦しいところを乗り越えてきたら
そこからまた喜びの花が咲くんだよ
という話を散々しておいて
「逃げなさい」というのは
おかしいことのように
聞こえるかもしれませんが

私が言っている「逃げなさい」という意味は

頑張らなくていい

ということです。

頑張らなくていいというのは
日本に帰ってきなさい
と言う意味では必ずしもない。

相談者が自分で言っているように
日本に帰っても
自分ではもう帰るって
決めているんだから
日本に帰っても
同じように困難に差し掛かったときに
自分は逃げる人間のまま、
このまま行くんだろうか?
って思ってしまっているわけですよね。

これまでの一年近く海外で過ごした中でも
程度の差はあれ色々あったと思うんです。
でもちょっとずつ、ちょっとずつ
大丈夫な状態を自分で作る
あるいは周りの人から作る
周りの人からそういう状況をいただいたりして
何とか繋いできたけれども
やっぱり心が折れてしまうこともある。

この時に今、私が
「逃げたいときは逃げなさい」
と言った意味は
日本に帰ってきなさいとか
日本に帰ってきた後も
困難があったら、そこから逃げ続けなさい
ということじゃない。

それは何かといったら

逃げたいときに逃げられる

という人間が一番生き残るということ。

だから、そう言っているんです。
人間に限らず、すべての動物は
自然界で生きている動物は特に
自分の宿敵にあった
つまり困難にあったときに
どちらかの行動をとります。

逃げるか、戦うか

どちらかの選択を
躊躇を行ったものは
捕らえられて殺されてしまうんです。
逃げるんだったら思いっきり逃げる。

戦うんだったら
それなりに自信がありましょうし
力も付けてきたんでしょうから
できるかどうかわからないけれども戦う

どちらの選択がいいかはわからない。
吉と出るか、凶と出るかはわからない。
けれども逃げるか戦うか、
というこの2つしかない。

人間の場合は
逃げるか、戦うか
といったときに
動物たちと違って
知恵があるわけです。

だから実は
逃げるか、戦うか
ということ以上に
曖昧に絶妙なバランスで
両立させることができる
という点があります。

ちょっとわかりづらいことかも
知れませんが
逃げながら戦うとか
全力で戦いながら逃げる
ということが実はできるんです。

これができるようになっていくと
いろいろな困難に差し掛かったときに
自分を助けてくれることになる。

すごく難しい表現で
曖昧な表現で
何を言っているか分からないかもしれませんが
何を言っているか分からないまま聞いてください。

強い人というのは
戦いながら逃げる術を知ってるんです。
強さっていうのは
何があってもガチンコで
真っ向勝負することではないんです。

特に人間の精神において
強さというのは何か
本当の強さというのは

自分の弱さを認めて
さらけ出すことができる

ということです。

私が言っている「逃げなさい」というのは
そういうことです。

相談者の置かれている状況の中で
相談者に危害を加える人はいませんね
相談者を傷つけ、物理的に
殴ったり蹴ったり
悪口を言ったり
意地悪をしたりしている人は
誰もいませんね?

けれども誰かが今の相談者を
精神的に追い詰めているんです。
だから苦しいんです。
誰が追い詰めているのか?

自分自身なんです。

相談者は自身と戦っている。
留学する前から。

この自分自身との戦いから
戦いながら逃げる
でも逃げながら戦う
という方法が
今私が言った
自分の弱さを認めて
さらけ出すということです。

相談者が数日間学校を休んだことで
困る人は誰もいません。
相談者が周りの人とうまくコミュニケーションを
とれないことで困る人は
誰もいないんです。

相談者が今の留学先の学校で
皆と同じように留学している人たちの間で
成績が必ずしも良くないからと言って
困る人は誰もいないんです。

要は相談者が自分で
不甲斐ない自分を責め
立派に、そして
ちゃんと成績も修めて
遠く離れたお家の人や友達に
「ああ、留学してよかった」
という自分を見せたい

だけど現実はそうじゃない。
そのようなことも含めて
いろいろな葛藤を
自分で自分の中で
起こしているということです。

私は今、相談者が置かれている立場が
非常に羨ましい。
なぜ羨ましいかと言ったら
多くの人は常に自分の外に意識があるんです。

誰かがどう言ったとか
お父さんがどう言った
お母さんがどう言った
友達はこう言っている
いや、みんなはこうしている

でも、今、相談者は
自分の中に意識が向いているんです。
自分の中を探求しているんです。

仏教でお坊さんがする修行というのは
相談者がやっていることと全く一緒。
自分の、自分自身に対する探求
これが修行なんです。

相談者は今、海外へ留学して
しかも、この留学の目的は
海外で優秀な成績を修めるということではない。

最初から自分が自分の弱さを克服したいと思って
自分に向かい合うために行ったんです。
向き合うために行ったんです。
だとしたら、ここに向き合う
この時期をちゃんと向き合う。

日本にいたら、簡単に甘えてしまえるので
遠い所へ行ったんじゃないですか?
だから私は一見、矛盾するようですけれども

雪裡の梅花 只一枝

昔から優れた、天才と言われた
意志の強い非常に優秀なお坊さんですら
修行はやっぱり苦しかった
この時にお師匠さんからいただいた一言

雪の中に咲く
梅の花のように
この厳しい時期を
耐え抜いたら
悟りの花を
享受することができるよ

その一言を支えに
苦しき時を乗り越えてきたんです。
ただその苦しいときを乗り越えるためにね
いろいろな細かな技術があるんです。

私が言った
「逃げたいときには思い切り逃げなさい」と。

ただ逃げるというのは
負けるのではなくて
自分自身への挑戦、
自分自身との戦いに勝ち
それを乗り越えていく。

そのための「逃げ」ということがあるんです。
引くべき時には引かなければいけない。
ぶつかっていって玉砕したら
意味がないから。

けれども、この「逃げ」というのは
必ずしも日本へ帰ってくるということではない。

できることであれば
自分で決めた期限まではいる。
でも、その自分で決めた期限の時には
過ごし方、戦い方というのは
これまでと違う。

みんなと同じように
みんなに追いつけ追い越せと言って
成績を上げるように頑張るということでは
必ずしもなく
上手くたくさんの人と友達を作って
コミュニケーションをとるということでもない。

自分の弱さを、
格好つけてきたその格好つけの限界を
迎えたので
「ああ、私もうダメ、苦しい」
ということを
お母さまのアドバイスではないですけれども
ホームステイの人に打ち明けたり
学校の先生に打ち明けたり
数少ないお友達に打ち明けたり

自分がもうダメ、ということを
吐露する。
漏らす。
自分の弱さを
今まで格好つけてきた弱さを
みんなの前にさらけ出す。
みんなってクラス全員じゃなくていいんです。

でも誰か一人
その弱さをさらけ出せる人を
作れるかどうか
これを作れた人は強いんです。

テレビを観たり
YouTubeを観たりすると
ものすごいたくさんの強者たちが
華やかにその画面を飾るわけです。
オリンピックの選手、企業家、実業家
みんなね、ものすごいハードなトレーニングをして
そして逆境を乗り越えて戦っていく。

番組の中で放送できることは一部なんです。
番組の中で放送されている、
あるいは、スポーツのトップスターたちだって
新聞やテレビのニュースの
その画面を飾るというのは
本当にその人の生活の中の
その人の人生の中の一部なんです。

それ以外の部分で
実は見えていない部分がある。

私の知る限りすべてのスーパースターが
その第一線で自分自身と戦いながら
同時に逃げる方法を知っている。
だから続くんです。

これを知らなかったものは
どこかで自分の格好悪い部分を
覆い隠そうとし続けて
麻薬に走ったり
何かやってはいけないことをやって
そこから失墜していきます。

何を隠そうこの私自身も
こうして偉そうに
皆さんの前でいろんな話をしてますけれども

私は小さいときから
父親(師匠)に「いいか?」
「どうしても苦しいときがあったら
どうしてもつらい時があったら
どうしても腹が立つときがあったら
どうしてもこれはダメだと思うときがあったら
夜の街に出ていくのではなくて
仏様の前に行って座れ
そして全部話せ」
ということを言っていただいた。

「父ちゃん、母ちゃんのいうことを
聞けん時もあるだろう」
「学校の先生のいうことを
聞けん時もあるだろう」
「思うように成績をとれん時もあるだろう」
「もう死んでしまおうと思うときもあるだろう」
「こんな自分はもう抹殺したい」
と思うときがあるんですよ。

でもそういう時に
苦しくなった時にこそ
「いいから黙って
本堂に行って
仏様の前に行って
それを全部話せ」
ということを言われていましたので

なので私も私の兄弟も
物心ついたときから
ふっと自分がどうしても行き場所がなくなったときには
人に相談したって、解決なんかできませんからね。
仏様のところに行って
「こんなんでね、聞いてくださいよ
この俺は絶対悪くないんですよ!」
ということをやった覚えがあります。

本当に仏様が聞いてくださっているかは
分かりません。
でも後で考えてみると
あれは仏様っていう大いなる存在と
自分が尊敬し申し上げる存在の前で
自分と向き合っていたんだなということを思います。

そうでしょ。
仏像に向かって
「こうで、こうで
本当にもう腹立つんですよ!もう!」
「あれはやっぱり僕が悪いんですか⁈」
「僕にはそう思えないんですよ!」
あれはね、全部自分との対話なんです。

でも、それが人でなくて
仏様としてそれがあった。
私にとってはそれが救いでした。

今は生きているい人で
それをする人が私の周りにいる。
なので私の一番の応援者は
幸いなことに
私が一番弱みを見せている人です。

自分が自分の弱みを見せたときに
その人たちは離れていくかっていったら
そうじゃない。
私が自分の弱みをさらけ出したときに
その時こそ、そばにいて
私を支えてくれる人たち
自分が自分の弱みを人に
漏らすことができるようになった途端に
その人たちがみんな自分の応援者になっていく
これが強者の陰の姿です。
そして強者が強者で居続けるための秘訣です。

私は水戸黄門という番組が大好きなんですけど
水戸黄門さまは最後ね
格好いいんですよ、いつも。
おじいちゃんなんですけど
強いんですけれども
水戸黄門様は一人で戦っている
わけじゃないんですね。

諸国を遍歴して
そして各地で
いろいろな民を苦しめる悪いお代官さんたちを
取り締まっていかれるわけですけれども
あの水戸黄門様の陰には
黄門さまを支えていくですね、助さん角さん
風車の弥七、そういう人たちがいて
黄門さまのこの印籠が目に入らぬか!
というあのシーンが出てくるんですよ。
これなんです。

相談者がこれからやらなければいけないこと
強く生きていくためにやらなければいけないこと
自分の弱みをちゃんと受け止めて
自分が弱きときには、その自分の弱みをですね
ひっくるめて自分を支えてくれる人を
自分で開拓していくということです。
親以外に。

そしてまたその人が
弱き時には相談者がその人のそばにいて
その人の話を聞き
その人の支えになれることを
やるということ

こうして一人ずつ少しの人でもいいから
自分の周りにともにこの厳しい人生を
支えていく仲間を作る
ということです。

雪裡の梅花 只一枝

この言葉は
雪裡の梅花
雪の中に咲く梅の花の
一つの枝と書いて一枝なんです。
雪裡の梅花 只「一輪」ではないんです。

梅の花も一輪だけでは咲かない。
1つの枝に小さな蕾がいっぱい。
開花の早いのもあるし遅いのもあるし
ついに咲かないものもある。

でもみんなでその中で
一人だけ花を咲かせていくわけじゃない。

人間も一緒なんです。
厳しい寒さの中で
それに耐え抜いて
花を咲かせるというのは
たった一人でできることじゃない。

人に甘えていいんです。
自分の弱さをさらけ出していいんです。
むしろ、さらけ出さなければいけない。

弱い人間というのは
自分の弱さをさらけ出すことができないんです。
それをさらけ出したら
嫌われると思っている。
自分は見放されると思っている。
情けないことだと思っている。
そうではない。

自分が自分の弱さをさらけ出したときに
その弱さを受けとめ
その弱さを一緒に歩んでくれる
そのような友達を作り
仲間を作り
先生を作り
それができた人たちが
雪の中で
梅の花を咲かすことが
できるということです。

今、日本の、
ちょうどこの番組を収録している時は
昨日も大雪が降って
亡くなった方まで出たというぐらい
雪国では、車が何時間も立ち往生して
もう記録的な豪雨だと言われるぐらい
寒い、雪深い時期に、
この話を収録しています。

ここから、この厳しさに耐えた中から
しばらくすると梅の花が
花を咲かせてくると思います。

今、この回答を
相談者が見てくれているかどうか
分かりませんが

雪裡の梅花 只一枝

本当に強いものは自分の弱さをさらけ出し
それを人に漏らすことができる。
逃げながらも戦い続ける
そして戦いながらも逃げることができる。
そのような人間である。

おそらく私の「一問一答」をね
17歳の高校生でしょ?
普通17歳の高校生は
なんらかのきっかけで
私の「一問一答」を見てね
多分しばらく見たら
「長え」「たりぃ」とか言って
もっと面白い番組に変えるんですよ。
それが真っ当な高校生です。

そんな中にあって
遠き外国からね
私の話を聞いて
何かしら自分を乗り越えていきたいって
思っていらっしゃる。

だから相談者に
この一見わかりにくいけれども
きっと相談者ならわかってくれると思って
このメッセージを贈ります。

「逃げたいときは逃げなさい」

その「逃げ」というのは
自分の弱さを人に漏らすということ。
でも自分の立てた志からは逃げない。

どんな優れたお坊さんたちも
みんな同じような思いで
修行しています。
私もそのうちの一人。

雪裡の梅花 只一枝

勇気を持って逃げなさい。
自分の弱さを
自分の周りの誰でもいい
話せる人に話なさい。

今の辛さを
今の寂しさを
今の苦しさを
今の悲しさを
今の情けなさを
そして、人の前で泣きじゃくりなさい。

ただしそれは
お母さんではない方がいい。

それができたときに
相談者は次の一歩を
きっと踏み出されることと思います。

頑張ってください。
応援しています。

大事なポイントをまとめると

  • 中国の如浄というお坊さんが
    弟子たちのために次の言葉を残した
  • 雪裡の梅花 只一枝
  • 雪深い中で梅が花を咲かせて
    良い香りを放っている様子を表している
  • 修行のこの苦しみを耐えてこそ
    悟りが開けるという意味
  • 昔、道元というお坊さんがいた
  • 中国にわたって
    如浄という師匠と出会う
  • 道元は異国の地で
    いじめやひどい仕打ちに合った
  • おそらく道元も
    雪裡の梅花 只一枝
    という言葉を心の支えにしてきた
  • 相談者への処方箋は
    「逃げたいんだったら逃げなさい」
  • この「逃げなさい」というのは
    「頑張らなくていい」という意味
  • 日本に帰ってきなさい
    という意味ではない
  • 逃げたいときに逃げられる人間が
    一番生き残る
  • 強い人というのは
    戦いながら逃げる術を知っている
  • 本当の強さというのは
    自分の弱さを認めてさらけ出すことができること
  • 自分自身で自分を精神的に追い詰めている
  • 自分の弱さを認めてさらけ出す
  • 相談者は自分の中を探求している
  • 相談者は弱さに向かい合うために海外へ行った
  • 誰か一人その弱さをさらけ出せる人を
    作り出せた人は強い
  • こうして一人ずつ少しの人でもいいから
    自分の周りの人とともに
    この厳しい人生を支えていく仲間を作る
  • 友達、仲間、先生を作ることが
    できた人たちが
    「雪裡の梅花 只一枝」というように
    雪の中で梅の花を咲かすことができる

いろいろと辛い状況だと思います。
だけどその状況を乗り越えるには
自分の心のうちをさらけ出すこと。
またそれができる人がいること。
これがとても大事なんですね。
今、正念場だと思います。
頑張らなくていいので
いまの自分の感情をさらけ出せる人を
見つけられることを祈っています。

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大愚和尚の一問一答 相談内容別リンク集

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恋愛相談

不倫相談

人間関係の相談

友達関係の相談

公式ページなど

大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha

ニコニコ動画 大愚和尚『大愚道場』

オフィシャルサイト

大愚 元勝(大愚和尚)(@Taigu_gensho)さん | Twitter
大愚 元勝(大愚和尚) (@Taigu_gensho)さんの最新ツイート。弟子とこっそりはじめたYouTubeチャンネルですが、多くの方からの反響をいただき、YouTuber和尚と呼ばれる今日この頃です。皆さまが健やかに穏やかな日々を送れますように。合掌

コメント

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