【大愚和尚の一問一答】生きる意味とは何なのか?

大愚和尚の一問一答
生きる意味とは何なのか?

挫折や困難な場面に立ち会ったときに
一度は人生の中で真剣に
自分に問う時期があります。

でも、そう簡単に答えが出てくるものではありません。

そんな時は助けを求めましょう。
幸運にもインターネットで
それを教えてくれる先人たちがいらっしゃいます。

この記事ではその先人たちのメッセージを紹介します。

大愚和尚の一問一答について知りたい方はこちらへ

大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha
【苦しみを 希望に変える 心の処方箋】 「大愚和尚の一問一答」では、人生経験豊富な大愚和尚が、仏教の視点をもって、国内外の方々から寄せられた相談にお応えします。 相談の内容は「人間関係」「仕事」「恋愛」「健康」など多岐にわたります。 たとえば、 □ 職場の上司とソリが合わない。 □ 学校でのイジメに悩んでいる。 □...

「大愚和尚の一問一答」の記事を書く目的

次の二点です。

  • 必要とされる方への橋渡し
  • 自分自身の心の整理

必要とされる方への橋渡し

YouTubeで過去のあの動画をもう一度見たいと思っても
どの動画だったか分からなくなる時があります。
会話の内容までは検索機能が及ばず
探せないことがあります。

もちろん、再生リストという機能がありますが
事足りているとは個人的に感じてはいない部分があります。

以上の観点から、
整理された状況で目的の動画を探しやすく、
救われる方へ繋がればと願い書いています。

執筆当時は存じ上げなかったのですが
大愚和尚の公式サイト内で
「一問一答アーカイブス」というページがあり、
こちらからも整理された状況で
お探しいただけます。

趣旨は同じですが
橋渡しができるように
引き続き当方も自分の経験を元に
ご紹介していく所存です。

自分自身の心の整理

自分ごとの目的で申し訳ありません。
生きていていろいろと浮いたり沈んだいるすることもあり
過去の自分を大愚和尚の動画で
振り返り、検証をさせていただいていることが多いです。
思考の整理をさせていただくためにまとめています。

多少の主観や感想も語らしていただいております。
私なりに何かの役に立てばと思って記述しております。

ご関係者のみなさまへ
表現や内容で、もし気になる点や問題点が
ございましたらお伺いさせていただきます。
お手数でございますが
フォームにてご連絡いただけば幸いです。

読者の方で
もし、どうしても気になることが
ある場合はフォームから
優しくご連絡いただけると助かります。

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生きる意味なんてない

「生きる意味」は他に求めず、「人生の意味づけ」は自分で行う

「生きる意味」は他に求めず、「人生の意味づけ」は自分で行う

ご相談内容

  • 30代男性からのご相談

生きるとはなんなのか考えていた時
大愚和尚様のYouTubeに出会いました。

一つ一つのお言葉が体に染み渡るのを
とても感じております。

心が騒いでいます。
お話をお聞きいただけたら幸いです。

私は現在36歳です。
社内システム開発のシステムエンジニアをしています。

社会人になり、10年以上が経ちました。
入社してすぐは、早く一人でも仕事ができるようになりたい。
今いる先輩方と肩を並べたい。
そう考えながら目の前のことに集中し
仕事にがむしゃらに取り組んできました。
そしてチームリーダーを任せられるようになり
チームが少しでも働きやすい環境を作りたいとも思い
仕事に力を注ぎました。

この時代は残業時間をうるさく言われない時でしたので
終電の毎日だったものの全く苦ではありませんでした。
仕事を早くマスターし
チームを楽しくする環境づくりを自らしたいと思い
取り組んでいたのでむしろ楽しく仕事をしていました。

そんな取り組みが評価されたのか
ありがたいことに部内では早い出世ができました。

その後、違う部署でもヘルプで入るようになり
あらゆる場で活躍する環境をいただきました。

しかしここで少し異変が起こりました。
このままで良いのだろうかと言う不安です。
目の前のことに取り組むことは
自分の考えでは間違えていないと思っているものの
それが本当にしたいことなのかどうか
それがわからなくなってきたのです。

もともとSEをしているのも
「大学時代にこれからはITだ」
くらいで進んだ道です。

本当にしたいことは何なのか
人生が終わる時に
後悔しないようにしておきたい
そう思うようになりました。

しかしやりたいことがありすぎて
何から手をつけて良いのかわかりません。

どれをしたとしても
うまくやれるという
セルフイメージはあるのですが
逆にそれが邪魔をして
これをまずはやれると
決められていません。

周囲には器用貧乏だね
とよく言われます。
さらに今の時代
生きていくためには
やはりお金も必要となります。
やりたいことでどうお金をいただくのか
本当にお金をいただけるのか
そのような不安も心にあることは確かです。

今は結婚していますので
たくさん稼いで家族には良い思いをさせてあげたいとも
思っています。

そのような不安を抱えていても
これなら本当にやりたい
ということは何なんだろうと
考える中で
自分が生きる意味とは何かを
考えるようになりました。

そんな時、今は
親鸞商人の言葉を勉強しています。

幼い頃から母から
人に優しくしなさいと
教わってきましたので
人に対して何ができるのか
を考えること、
相手の立場になって考えることを
大切にしています。

相手のためにひとのために
行動していても
あるレベルを超えると
感謝の言葉など
見返りのようなものを求めている自分に気づき
そんな時はそんな自分がとても嫌になります。

見返りを求めるためにやっていたわけではないのに、と。
そのように自分の心は満たされていないことも
時々ありました。

長文となってしまい大変申し訳ございません。
お読みいただき本当にありがとうございます。

改めて大愚和尚様にお聞きしたいのは
生きるとは何なのか?

そのお考えをお聞かせいただいたら幸いです。

大愚和尚様、ナーランダー出版のスタッフの皆様
ご多用だと思いますが
どうかお体をご寵愛くださいませ。

このように自分の考えや不安を書き出せる機会をいただけたこと
感謝しております。

よろしくお願いします。

お釈迦様が悩んだこと

お釈迦様の人生の過程の中で

四門出遊(しもんしゅつゆう)

と呼ばれる出来事がありました。

お釈迦様が29歳で出家をなさった
と言われていますけれども
その前はお父様が現在のインドの
北の地方の豪族と言いますか
小さな国の王であった。
その王子として生まれたわけですから
お釈迦様はお城で何不自由のない
生活をしてらっしゃった。

四季それぞれに合わせた別荘があり
奥さんもいて、子供もいて
そんなお釈迦様が人生とは何なのか
生きる意味とは何なのか
というやはり相談者と同じような
悩みに突き当たられたんです。

そしてある時
ある門から出ていった時に
そこでなんかしら身体中に
不調が起きていて
苦しみ喘いでいる人を見た。
それを見てお付きの人に
お釈迦様が聞かれるわけです。
「あれは何だ」
お付きの人が言うんです。

「あれは病人でございます」

人間はみんな病気になるんです。
それを聞いてお釈迦様はとても
感慨にふけって城の中へ戻ってしまう。

そしてまたある時、
違う門から出ていった。
外へ出かけていった時に
もう骨と皮ばかりに痩せて
ヨタヨタとした腰の曲がった
人間を見たんです。

お付きの人に聞くんです。
「あれは何だ?」

「あれは老人でございます」

みんな人間は歳をとって
だんだんあのようになる。
それを聞いてお釈迦様はまた
ふさぎこんでしまわれる。

そしてまたある時、
別の門から外へ外出なさって
そしたらそこに
ぐるぐると布でくるまれて
人々に担がれながら
そしてその担いだ何かの周りを
たくさんの泣いている人たちが
泣き叫びながらその者を運んでいる。

その姿を見たお釈迦様は聞いた。
「あれは何か?」
またお付きの人は言いました。

「あれは死人でございます」

命あるものはみんないつか死ぬんです。
それを聞いてお釈迦様はまたふさぎこまれる。

お城の中で小さい時から
何不自由なく過ごし、
食べるものにも困らない
着るものにも困らない
そして美しい女性を妃として迎え
そして、お付きのものたちに囲まれながら
快適な何不自由のないすべてのものに満たされた生活を
散々送ってきたお釈迦様が
行き詰まるわけです。

生きるとは何なのか?

いずれ人間は病気になって老いて死んでいく。

生きるとは何なのか?
命とは何なのか?

そしてついにお釈迦様は出家をなさるわけです。

相談者の問題点

相談者の問題点とは何か?

生きることに意味があると思うこと

えっ⁈

これは相談者の問題です。

答えのない問いを
問い続けたら人間はどうなりますか?

答えのない問いの周りを
ずっとグルグルと回り続けるんです。

答えがないけれども
誰もが取り憑かれて
そして離れられない。

けれどもそれを無視し続けて
生きると言う事も、またできない。

ある一定数、私たち人間の中には
生きることの意味、
それを問い続けて、問い続けて
苦しむと言う人たちがいます。
お釈迦様もそう言う人でした。

過去の歴史に名を残すような
お坊さん方もみなさんそうでした。
私もそうでした。
相談者もそうです。

でもひょっとしたら世の中に
生きると言うことの意味など
別に考えずに
その日その日を生きている人たちもいる。

それはそれで幸せなんだろうと思います。

けれどもひとたび、
生きるとは何なのか?
と言う疑問を抱いてしまった人にとって
その問いを捨てると言うのは
また難しい話なんです。

まるで、引力に引っ張られて
そして太陽の周りを自転しながら
公転している地球のように星のように
延々とこの問いの周りを回り続けている。

けれどもいつか
その寿命は尽きて
砕け散っていく。

だったらそんな難しい問題考えなくても
いいじゃないか、
って言う人がいるかもしれません。

けれどもそうはいかないんですよね。

だから苦しい。

大愚和尚が考える「生きる意味」

さて、私の結論は何か。

生きると言うことに意味はありません。

命というものは
生きる理由をつけて
生きているわけではないんです。

私たちはどうしても頭で
言葉がありますから、ものを考えます。

そして、ものをたくさん考えるということが
全てだと思い込むようになります。

でも、ものを考え、そして様々なことを知る
ということが
この高度に発達した脳を
人間が持つことになったが故に
できるようになった。

そのことが
でも私たちがなぜ生きるのか?
ということも、

それが意味がないことなんだ

ということも教えてくれる。
それがまた、「わかる」
という解決も与えてくれたんです。

何を言っているかわからないと思いますが、
もう少し違う例で説明します。

「生きることに意味はありません」

それを頭で考え続ける限り
答えは出ないんです。

じゃあ、なぜ私がそう言い切れるのか?

私は仏教というのは
頭で考えることではない
と思っています。

また人生というものは
頭で考えるものではない
と思っています。

じゃあ、何かって言ったら
もっとフィジカルなものなんですよ。

例えば私たちの体というのは
意味があって生きているわけではないですよね。

考えるということをしませんよね。

生まれた命というのは
その命を尽きる時が来るまで
懸命にただひたすらに生き続ける
その方向に向かって動いていきます。

そこに意味というものを考えません。

意味がないから。

例えば私たちの心臓は
何か意味があって動き続けているでしょうか?

「私なんか生きている意味はないんだ。
死んでしまえ」
そう思っても相談者の心臓は動き続けていますよ。

人間の体の中には
随意筋と不随意筋というものがあります。

意識して動かせる筋肉と
意識しなくても動く筋肉があります。

例えば先ほど言った心臓がそれです。

私たちが生きている意味を
いちいち考えて
意識的にそれを止めていたら
死んでしまいます。

だから心臓は私たちがどう思うか
何を考えようが
死んでしまいたいと思おうが
同じように生き続けるんです。
動き続けています。

じゃあ、生きる意味はないのか?

何度も言います。

ありません。

いや、でも、世の中には
生きる意味を見つけて
生きている人たちがいるでしょう?

相談者はそうおっしゃるかもしれません。

そのとおりです。

人間に生きる意味はありません。

けれども人間は
高度に脳が発達して言葉を持つようになったが故に
生きることの意味を見出さないと
生きづらい生き物になったんです。

もう一度言います。

生きること自体に意味はありません。
けれども人間は意味づけをして、
生きていく生き物なんです。

私たちは脳が発達して言葉を持つようになったが故に
何のため、という自分にぴったりの意味づけを
見つけて生きることができたら
そこに初めて右脳と左脳が一致する
ということが起きるんです。

そしてとっても生きやすくなる

何度も繰り返します。

生きることに意味はない。
けれども自分にぴったりの生きることに対しての
意味づけができた人は
その意味に向かって迷うことなく進んでいくことができる
これが人生なんです。

例えば、会社。
会社に通ってくる人たち、
働いている人たちというのは
お給料と休みのために行っているでしょう。

けれども、ただ給料と休みのためだけに
我慢していっているという会社は伸びません。

けれどもね、もちろん休みや給料はも大事ですよ。
生きていくためにね。
けれどもやっぱり自分がこの会社において
どういうものを作ろうとしているのか?
どうやってお客さんたちに喜んでもらっているのか?
ということの意味を
もし全員が共有して、そして働きがいをもって
生き甲斐を持って働くことができたら
こんな幸せなことはありませんね。

それが会社の理念なんです。

こういう会社を作ろう。
そういうピッタリとしたものが
もし見つかってその会社で働くことができたら
そこに意味を見出せている限り
人々は相談者が経験されたように
終電間際で帰っても
全然苦にならなかったというぐらい
幸せになります。

今、世の中で働き方改革と言われますけれども
お休みと給料をたくさんもらっていたら
みんなが幸せになるかといったら
それは「否」です。

むしろお休みがなくても
給料がなくても
個人事業主はみんなそうですね
社長もみんなそうです。
雇われ人じゃないですから
何のために俺は仕事をしているんだろうと思っていたら
苦しくなりますよ。

けれども自分はこの仕事をして
こういう風にしてやってるんだ
ということに生き甲斐を見出せたら
勤務時間なんか関係ないですよ。
人に押し付けられることじゃないんですから。

働くということ。
そこにも意味がピッタリとした意味を見つけて
生きていくことができたら幸せだし
そもそも生きるということ
そこに自分はどういう風に生きていきいたいんだ
ということがもしピッタリ見つかったんだったら
そりゃ人生は楽しいですよ。

相談者への処方箋

30代にして多くの人たちが
相談者に限らずね。
一生懸命今まで生きてきた。
だけれども
あるとき、ふっと立場が上がって
会社で今まで夢中になって頑張ってきたのに
上の立場になったら
突然、やる気がないわけじゃないんですよ。
体が疲れているかといったら
昔の方が疲れているんですよ。
だけど、なんか自分の中に
心のエネルギーが湧いて来なくなってしまった。
それが相談者の状況だろうと思います。

さて処方箋は何か?

矛盾するようですけれども

徹底的に考えてみてください

何を考えるのか
生きることの意味じゃないんです。
相談者がどうやって
生きていきたいのか?
ということを考えてみてください。

今まではね
会社のレールに乗っかっていれば
よかったんです。
立場が上がってくると
今度、意味づけをしていくのは
上の人の役割になっていくわけです。
そして、またその会社の意味というのは
引き出していくのは相談者の役割になってくるわけです。
ポジションが上がってくるとね。
そこでみんな行き詰まるんですよ。

例えば学校に通っている学生さん。
幼稚園の時、何も考えていないですよね。
小学校に入ります。
中学校に入ります。
高校に入ります。
だんだん学校システムが終わりに近づくと
みんな不安になるじゃないですか。
だってそうですよ。
一年生から二年生になればよかったですよね。
二年生から三年生になればよかったですよね。
何をやって、何をやって、
受験という目標があったわけです。
それが終わっちゃうとどうなる?

さあ、どうぞ自由に生きていってください

と言われたら
どうやって生きていったらいいかわからない

一生懸命、一生懸命
船に乗って、オールを漕いでいる。
だけど、ひたすら漕ぎ続けてると気づくんです。
これはどっちに向かって漕いでいったらいいんだ。
延々と行き着くあてのない大海原を全力で漕いでいる
という状態になってしまう。

そしてある時、気づくんです。
これってどこに着くんだろう?

人間は脳が発達して
考えるということができるようになりましたから
いつか気づいてしまう。
延々とひたすら漕ぎ続けている。
どっかには着くんです。
でも、着かない場合もあるんです。
そうでしょ。
ずーっと同じところをひたすら回っている
という可能性もありますよね。
だから人生というのは
わざわざ人間は意味づけをするわけです。

アメリカに行きたいんだ。
いや、トルコに行きたいんだ。
ジパングに行きたいんだ。
そして、その行き先を自分で見つけて
そこへ漕いで行くわけです。
全力で漕げますよね。
目的地があるなら。

さて、この人生の目的。
会社の短期的な売り上げとかね。
会社の十年後ぐらいの未来ならわかりますよ。
でも会社じゃない
自分の人生の目的となると
これはなかなか見つけられないんですよ。

そりゃそうですよ。
今まで考えて来なかったんですから。
ずっとだれかが考えたシステムの上に
乗っかって、その目標をクリアしていくということだったんですから。

ゲームはそうですよね。
最終的にクリアしていく
第一ステージをクリアして
第二ステージをクリアして
第三ステージをクリアしていく。
目標がある。

ところがどうですか
全部クリアしたら。
次、誰がクリアすべき目標を作ってくれるのでしょうか?
だからまた別のゲームを買うんです。

でもね、自分というこの人生のゲームを
誰が何をもってして
第一ステージクリアというのか?
自分なんです。

自分をね、今までレールから外れて
上の立場になって人生の意味づけを
自分でやっていかなければいけない
という時期にようやく今差し掛かりましたね。

これは苦しいですけれど
悩むことじゃない。
悪いことじゃない

とってもいいことだと思います。

ただ、それを考え続けるというのは
まだ左脳に偏っていきます。

いいですか?

人間は頭の中だけで生きているわけではないんです。
動物なんです。
体を使って生きているんです。

人生はフィジカルな作業です。
メンタルな作業だけではないんです。

だからただ考え続けているだけでは
だめなんです。

今、相談者が一生懸命
言葉を勉強しているという親鸞さん。

親鸞さんの言葉をいくらつぶやいてみても
相談者は親鸞さんではありませんから。
念仏いくら唱えたところで
人生変わりませんよ。

はっきり言います。

親鸞さんがどんな言葉をおっしゃったのか?
その言葉に私たちは励まされることはあります。
けれども、親鸞さんは
親鸞さんの意味づけをなさったんです。

相談者は相談者の意味づけを
しなければならない。

親鸞聖人から学べることは何かと言ったら
その行き着いた境地を語る言葉だけではありません。
親鸞さんはずーっと動き続けていらっしゃいました。

相談者も動き続けなければいけません。
動物なんですから。

さてどうやって動き続けるか?
やりたいことがいっぱいあると言いましたね。
どれもうまくいくような気がするけれども
どれも中途半端で手がついていない。
会社に勤めている人はみんな、そうなります。
そうなんですよ。
会社が設定した目標に向かって
頑張っていて
会社が設定したポジションに従って
昇進していく。
これとね、自分が何かをやる
というのは同じようでいて
全然違うんですよ。
そりゃそうだ。

お母さんが隣にいて
ずっと宿題を作文を手伝ってくれて
自分で作文書きなさいと言われると
何書いたらいいかわからなくなるんですよ。

アイデアはある。
だけどやっぱり怖いんですね。
お金がないんです。
今までは会社のお金で。
今度は自分のお金でやる。
どんなに一流企業であっても
そこの部長課長、いろんな役を勤めた人であっても
ある一点においてね。
小さなラーメン屋さんを掲げた
ラーメン屋さんの店長と違う点があるんです。
それは何か。

自分でやってない
ということなんです。

会社の名前を使い
会社の環境を使い
会社のスタッフを使い
何かをやっていくわけです。

そしてそれは会社の理念であったりする。

それがピッタリと自分に当てはまっていて
会社の理念に自分もそれを自分の理念として
やっていくことができたら
会社で生きるというのも一つの方法です。

けれども相談者は今ね。
自分で何かやってみたいことがある。
それはまだ何にも手をつけていないので
わからないんです。

相談者は今の会社で
またその会社で自分の生き甲斐と思ってね
下の立場から上の立場に今はなっていますから
新しい意味づけをまた会社にもたらして
そしてまた会社と一緒になって
これからのまた自分の意味を見つけていく
ということができるかもしれません。
あるいはどこかのタイミングで
会社をやめられるのかもしれません。
でもどっちもありなんです。

ただね、自分がやってみたいと思うことが
あるんだったらできるだけ早いうちにやった方がいいと思います。

一回やってみるんですよ。

思うようにいかないこともあると思います。

全部うまくいくような気がしますけれども
全部うまくはいきませんから。
100%いきません。

全部うまくいくとはわからない。
一個がうまくいくともわからない。
とにかくね
30代、差し掛かったんだったら思い切って
やってみてはいかがでしょうか?

それが私からの処方箋であり、結論です。

でもね、何からやっていいか。
わからないわけじゃないですか。

そこにはお金もかかる。
だからどうするか?
もう少し具体的なアドバイスを一つだけするとしたら
やってみたいこと全部書き出してみてください。
そしてその中で、一番利益が取れそうなものも
書き出してみてください。

自分が一番やってみたいと思うことで
一番資金の回収がしやすい
そしてまた資金の回収ができる
ということを一番最初にやるべきです。

一番やってみたいと思うこと
かつ
一番利益が取れるということ

それをやって
もしうまくいった場合には
次にやってみたいことが
やりやすくなると思いません?

これがね。
やってみたいことがいろいろある。
やってみたいことを色々実現する人って
いるじゃないですか。

器用貧乏っていう人と
本当に器用に物事をこなしていく人
何が違うか?

実は器用に物事をこなしていく人も
一気にはやっていない。

力がつけば着くほど
有り余るほど潤沢な経営資金があればあるほど
いろんなことを同時にできますよ。

だけど今は相談者はないんですよ。

ではどうするか?

過去の先人たちもみんな一緒。
いろんなことを成し遂げているように見える人も
実はいろんなことを同時にはやってないんです。
自分ができること、一番利益が取れそうだと思うこと。

そこに一点集中してまずやるんです。

うまくいったらうまくいった。
うまくいかないならうまくいかないです。

でもこれはうまくいかないということがわかる。

うまくいったら資金の回収が早いわけです。
そしてすごいスピードでそこに集中していくが故に
一点突破したら次にやってみたいことを次にやるんです。
そうやっていろんなことをやっているように
結果として見えているわけです。
何年かした後に。

でも実際、最初は一点突破からなんです。
常に一点突破からです。

悶々としながら一年二年過ぎていくんだったら
それだけ想いがあるんだったらね
どうぞ自分がやってみたいことを
やってみてください。

ただずっと先程の疑問は忘れないでいただきたい。

何のために自分は生きるのか?

この問いは
たくさん考え込む方が後で楽になります。

これを何も考えないと
いつかどこかで突き当たります。

面白いもんですよ。
かなりの好成績をあげた社長さんが
同じような質問をくださるんです。

私のところへ来て
同じような質問をなさるんです。

え〜、もう十分成功しているでしょ?

誰からみても羨むような社長さんがおっしゃるんです。

生きる意味は何ですか?

一生懸命今までやってきたけど
わからなくなりました、って。

夢中で何かをやってきた人は意外に
業界のトップに行った時に
そのような疑問を抱かれるようです。

それは何か?

食うために。
目の前のことを一生懸命に
ただひたすらにやってきたんです。
だから経済的には豊かになった。
社会的には成功したように見える。
けれども人生にとって
根源的であり最も大事な問いである
なぜ生きるのか?
ということを問うてこなかった。

何度も言います。

そこに答えはありません。

なぜ生きるのか?

そこに意味はありません。

けれども人間は
自分がやっていることに
意味づけをもっていった方が
生きやすい生き物なんです。
だから何かでこういうことのために
自分は頑張っているんだ。
というその大義名分が欲しいんです。

これを自分にピッタリであり
社会にもピッタリと受け入れていただく。
というものを見つけた人が
経済的にも自分の生きがいとしても
休息して生きていくことができるんです。

今がその時なんだと思います。
どうぞやってみたいことを
やったらいいです。
何からやっていいか
わからなかったら
どれからでもやりやすいことから
やったらいいです。
ただ、それはね
生きていく糧ということを心配するならば
優先順位としては自分がやってみたいこと
かつちゃんと資金が回収できること
それが地に足をつけた方法であり
同時にそれを自分ごととして
真剣にやっていくことによって
だんだん問に対する答えが見えてきます。

人生の生きる目的とは何でしょうか?
意味は何でしょうか?

という問いでなく、
俺はどうやって生きていきたいのか?
その問いに変わっていくんです。

人生、生きる意味、
これは相談者が見つけることなんです。

応援しています。
頑張ってください。

「生きる意味」は他に求めず、「人生の意味づけ」は自分で行う

 

大愚和尚は
生きる意味はない
と断言しています。

しかし、その代わり
どのように生きるかは考え抜いてください
と話しています。

これは人間は意味づけをする動物だから
頑張ったりできる。
人生にどんな意味づけをするかは
あなた自身が決めなさい。
そしてその意味づけがあなたの人生を決めるから。

これが重要なメッセージです。

 

 

 

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大愚和尚の一問一答 相談内容別リンク集

「怒り」を扱う相談

「悪口」「陰口」に関する相談

恋愛相談

不倫相談

人間関係の相談

友達関係の相談

フリーランス向けの相談

公式ページなど

大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha

ニコニコ動画 大愚和尚『大愚道場』

オフィシャルサイト

著書

苦しみの手放し方

人生が確実に変わる大愚和尚の答え

最後にあなたを救う禅語

 

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