【大愚和尚の一問一答】友を選ぶな

大愚和尚の一問一答

 

大愚和尚の一問一答について知りたい方はこちらへ

大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha
【苦しみを 希望に変える 心の処方箋】 「大愚和尚の一問一答」では、人生経験豊富な大愚和尚が、仏教の視点をもって、国内外の方々から寄せられた相談にお応えします。 相談の内容は「人間関係」「仕事」「恋愛」「健康」など多岐にわたります。 たとえば、 □ 職場の上司とソリが合わない。 □ 学校でのイジメに悩んでいる。 □...

「大愚和尚の一問一答」の記事を書く目的

次の二点です。

  • 必要とされる方への橋渡し
  • 自分自身の心の整理

必要とされる方への橋渡し

YouTubeで過去のあの動画をもう一度見たいと思っても
どの動画だったか分からなくなる時があります。
会話の内容までは検索機能が及ばず
探せないことがあります。

もちろん、再生リストという機能がありますが
事足りているとは個人的に感じてはいない部分があります。

以上の観点から、
整理された状況で目的の動画を探しやすく、
救われる方へ繋がればと願い書いています。

執筆当時は存じ上げなかったのですが
大愚和尚の公式サイト内で
「一問一答アーカイブス」というページがあり、
こちらからも整理された状況で
お探しいただけます。

趣旨は同じですが
橋渡しができるように
引き続き当方も自分の経験を元に
ご紹介していく所存です。

自分自身の心の整理

自分ごとの目的で申し訳ありません。
生きていていろいろと浮いたり沈んだいるすることもあり
過去の自分を大愚和尚の動画で
振り返り、検証をさせていただいていることが多いです。
思考の整理をさせていただくためにまとめています。

多少の主観や感想も語らしていただいております。
私なりに何かの役に立てばと思って記述しております。

ご関係者のみなさまへ
表現や内容で、もし気になる点や問題点が
ございましたらお伺いさせていただきます。
お手数でございますが
フォームにてご連絡いただけば幸いです。

読者の方で
もし、どうしても気になることが
ある場合はフォームから
優しくご連絡いただけると助かります。

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友を選ぶな

出会う人みなを「友」にし、人間関係を豊にする秘訣

出会う人みなを「友」にし、人間関係を豊にする秘訣

ご相談内容

20代女性からのお悩み。

私は今、Twitterで知り合った友達との関係に
とても悩んでいます。
私はアニメや漫画が好きな
いわゆるオタクなのですが
ありがたいことに同じ趣味を持つ人たちと
Twitter上でつながることが出来ました。
学生時代の友達は二人しかおらず
しかも疎遠なので
現在関わる友達というとみんな
Twitterで出会った人になります。
違う地域に住んでいる人や
同い年以外の人と話せる環境に
最初は楽しいと思いましたが
最近は周りに避けられている
嫌われているような気がしてしまい
モヤモヤした毎日を送っています。

友達と「今度会いたいね」
「遊ぼうよ」という会話になると
私は嬉しくてその言葉一つ一つを
本気で受け取り、
この子、私と会ってくれるんだ嬉しい
私も会いたい、いつごろ会えるかな?
予定を決めたいと思って話を進めようと
連絡をします。
でも途中で友達からの連絡が途絶えるのです。
Twitterだとリプライを無視され
LINEだと既読スルーされて
そのまま自然消滅、なかったことにされます。
そのとき、「ああ、社交辞令だったんだな」
「相手は本気ではなかったんだな」
と思いますが、これがいつも起こります。
いつも話が進まずに無視され
返事もできなくなります。

自分の言い方や話の進め方が悪かったのではないか
次からはもっと違う言い回しをして気を付けようと考え
また別の人と連絡を取りあいます。
でもまた同じ目に遭うのです。

しかし、その連絡をくれなくなった友達は
Twitterによく浮上し他の人との会話もしているし
連絡も取り合っているし、遊ぶ約束まで立てているのです。
このようなことが何度も何度も繰り返し起こるので
また新たに別の友達と連絡を取り合うことになったときは
この人もきっと会いたいと言っておきながら
本当はその気がないんだろうな
連絡も途絶えてしまうんだろうな
遊ぶのは実現できないんだろうな
と最初から疑い人のことを信じられなくなりました。
Twitterを見ているとみんな友達同士
仲良くやっています。

○○ちゃん大好き
とか
○○ちゃんと遊んできた
とか
人に恵まれていて幸せ
とか
○○に行けて嬉しい
とか

そんなつぶやきばかりが目に付いて
羨ましい、妬ましい、
私は友達がいなくて孤独なのに
なぜこの人たちにはこんなに充実しているんだと
ひがんでしまいます。

他の人たちが楽しそうにしているのを
見るのが辛くて、
いっそのことTwitterをやめたらよいのでは?
SNSには向いていないのでは?
と考えましたがそこでしか
友達とのつながりはありません。

だから、やめたらそれこそ誰とも
連絡が取り合えなくなるし
友達とも会えなくなるし
やめたら絶対に寂しくなる。
強い孤独感に襲われてしまう。
と怖くて不安でなかなかやめられません。
でも仲良くやり合っている人たちを見るのもイヤ。
好きであるはずのアニメや漫画の趣味ですら
嫌いになりそうで
いろいろと楽しめなくなっている状態です。

また、友達とは言っていますが
Twitterで出会った人たちは本当に友達と言えるのか?
ただ、知り合いではないか、
と考えることもあります。
うわべだけの関係性に嫌気がさしているのも事実です。
でも、友達がいないのは寂しい。
あと何十年かは生きるとして
この先、本当に分かり合える友達や仲間ができないまま
年をとって死んでいくのか?
孤独のまま死んでいくのか?
不安と寂しさでいっぱいです。
人とどうかかわって生きていけば良いのか
もう、わかりません。
矛盾している自分にも腹が立ちますし
何が何だかもう混乱しています。
和尚様の知恵を少しでもお借り出来たら幸いです。

よろしくお願いします。
最後まで読んでくださりありがとうございます。

「友」の定義

私たちの周りには様々な「関係」があります。

お父さん、お母さん、きょうだいがいる人は妹とか
お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか。
それがまず家族。

子供が生まれて、その子が少しずつ大きくなってきて
幼稚園とか保育園に行く頃になると
家族から離れて幼稚園の先生とか
保育園の友達とか
そうやって家族以外にまた関係ができます。

この子がまた大きくなっていくと
だんだん小学校から中学校、高校、大学になっていくと
そうすると例えばクラブに入って
その部活とかクラブで他の学校の友達と
仲間が出来たり友達になったり
行動範囲が広がっていきますから
そこでまたいろいろな関係ができるわけです。

アルバイトし始めたりするとね
アルバイト先の職場の上司とか仲間とか
そこに来るお客さんとか。

考えてみると私たちは
朝から晩まで
いろいろなところで
いろいろな接点において
人と関わりそうした「関係」を生きています。
インターネットが出てきて
さまざまなSNSとか出てきて
インターネット上において
私たちはさまざまな関係がそこに出てくるわけですね。

趣味なら趣味。
相談者の場合は、漫画とかそういったものが趣味で
同じような趣味を持った人たちとのインターネットの中で
こう繋がって、SNS上で、Twitter上でつながって
ということが出来ているわけですよね。
それも関係。

仏教ではこの関係を私たちが生きている
私という存在があって関係があるのではなく
関係というものが様々にあって
その様々な関係をそれぞれの関係の上で
それぞれに役割を果たしたり
それぞれの関係の上で人との関わりを持ったり
これを「縁起」といいます。

縁起に関わっているすべての人たち
これをお釈迦さまは「友」と呼んだんです。

私たち友達という言い方をしますけれども
友達というのは世界の人口が77億を超えて
ものすごい数の人口が世界中にいるんです。
世界中にものすごい数の人口が
70億以上の人口がいるという中で
私たちは趣味であったり
血のつながりであったり
学校というつながりであったり
職場というつながりであったり
77億以上いる人間の中で
何かしら自分が関係した人
その中でも自分が
少し深く家族以外に
関係を持った人
そして好きになった人
それを、
この膨大な77億以上いるような人口の中から
抽出して「友達」という特別なラベルを
貼ってるわけです。

でも、考えてみると
私たちは朝起きてから寝るまでの間に
電車に乗れば電車に乗るときに
切符を買って駅員さんに
今は、タッチでゴーかもしれませんが
新幹線に乗ったりする場合、
駅員さんにチケットを回収してもらうときがあったりとか
場所が分からなければ駅員さんに
「どっちに行ったらいいんですか?」
とか聞いたりとか
そのお店に行って買い物をしたりとか
必ず人が人と関係する
ということは朝から晩まで
あるわけです。

仮にずっと引きこもって家にいる人でも
Twitter上で友達になったりとか
必ずこの関係を生きているということなんですね。

相談者の問題点

相談者の問題点は何かというと

Twitter上で知り合った唯一の友達
それしか友達がいない
友っていうのはそこにしかいない
って思っていることなんです。

今、例えば、AmazonとかYahoo!とか
楽天とか何か買い物をするときに
インターネットで買い物できてしまう
という時代になりましたよね。
インターネット上にあるさまざまな
サービスを提供しているお店とか
本屋さんとかそういうところで
何でも買えるような時代になりましたよね。
でもですよ。

2018年のデータだと思うんですけれども
例えばAmazonとか楽天とかで
買い物をしている人とというのは
今ものすごく増えても54%、
日本の人口の半分の人たちが
インターネットで買い物をしたことがあるということです。
でも、約半分の人たちはAmazonとか楽天とかで
買い物をしたことがないんです。

相談者は「えっ?」って思うかもしれません。
インターネット上で友達を作っている人ですから
インターネットで買い物をしない
そんな人がまだ日本に人口の半分ぐらいいるの?
それは逆に驚きかもしれません。

私はもう40代後半でもうすぐ50になるぐらいの年齢ですから
インターネット上で買い物をする人たちが
50%も増えてきたんだっていう感覚なんです。

相談者に知っていただきたいことがあるんです。
友っていうのは
Twitter上にしかいないわけではない
ということです。

仏教では友というのは
私たちが関係しているすべての人たち
このすべての人たちとの
理想的な関係とというのが友なんです。

そう思うと友っていうのは
実は先ほど言ったTwitter上だけじゃなくて
ものすごくたくさんいるんですよ。世界に。
これが可能性なんです。

インターネットと一口に言いますけど
Twitterというのはそのインターネット上の
膨大にあるSNSサービスの中の
大きなメジャーなものではありますけれども
一つじゃないですか。

しかもその中で漫画であったりとか
その一つの趣味を通じて知り合った友
これを相談者は唯一の友と呼んでいるんです。
20代にしてそんな狭い世界の中にいるというのは
ちょっともったいないなと思うし
逆に、この狭い世界の中で友達がいないですって
私は一生これで友達ができないんでしょうか?
というのは結論を出すには早すぎる。
軽率すぎると思うんです。

大愚和尚の学生時代

私、大学生の時に
10代から20代にかけて
神奈川県の川崎市の
多摩川に近いところに住んでいました。
武蔵中原っていう駅から歩いて
7,8分ぐらいのところのアパートに住んでました。

友達たくさんということではなかったんですけれども
いろいろな友がいました。
学校で仲良かった友達と喧嘩をしたり
自分が仲が良かったと勝手に思っていたけれども
結果として向こうはあまり私のことを
親友と思っていなかったということに
傷ついたこともあります。

けれども、何らかの形で友に救われました。
私もいろんな人と関わりますけれども
どっちかというと深くこの人と友達とは
なかなか深く関わるという人は限られていたと思います。
やっぱり怖さがあったからなんですよ。
向こうが悪いというのではなく
自分に怖さがあった。
どこかで私もずっと自分が親友と思っていたけど
実は向こうは親友と思ってなかったというのは
勝手に自分が悲しい思いをした
ということが過去にあって
そこからですね、

人との関係を
どこかで関係を深めていくと
相手から嫌われてしまうんじゃないか

実は自分が好きと思ったけれど
向こうは好きじゃないんじゃないか

そういう恐れがあって
人と深く関わるということを
避けてた時期がありました。
それが逆にね
向こうにとって寂しい思いをさせてた
ということもあったと思います。
今思えば。

けれども私が強いて言えばね
それでも何とかこの友と関係をさせていただいて
そしていろんなことがそれによって勉強になった。
いい思いも、嫌な思いも、悲しい思いも、寂しい思いも
色々しましたけど
でもね、友と関わることによって
自分をよく知ることができるんですよ。
自分より背の高い人がいるんだとか
自分より背の低い人がいるんだとか
自分よりも勉強ができる人がいるんだとか
自分よりも足の速い奴がいるんだとか
逆に自分よりもカラオケで音を外す奴がいるんだとか
色んな事が分かるわけです。

ただ友の存在というのはものすごく
人間を成長させてくれる
という点でとっても大事なんです。
やっぱりいろいろな友と関わって
いろんな思いをしたり
いろんな経験をするということが
私たちを成長させてくれる。
それは間違いないんです。
だから友を持ちたい。

けれども友というのが
インターネットのTwitter上にしか
出来ないと思っていたら
自分がやっぱり成長できなくなってしまう。
その自分が未熟であり続ければ
あり続けるほど
そのまま年をとればとるほど
友ができにくくなっていくんです。

若い時、小さい時
一番大きな宝と言ったらなにかと言ったら
失敗しても許されるということです。

小さい子供が何かを失敗したり
間違ったりしたことを言ったりしても
みんな目くじら立てないでしょう。
若い人たちが失敗したり
間違ったことをしても
やっぱりそこはね社会に許される
っていうのは大きいんですよ。

この時に色々と友と関わって
友とうまくいかないこともある
けれどもその友とうまくいかないこともある
というところで
勉強になったり
別の友に励まされたり
なんとか生きていくわけなんです。

私が大学の時に
学校の友達とかで
いろいろと自分が受け入れられてないんだな
とかね、あるいは
自分がワガママであったことに
その時は気が付かずに
みんなからそのわがままを指摘されたりして
イヤな思いをしたり
落ち込んだりしたことっていうのが
あったんです。

ところが、学校、大学の友と
そういう関係になっても
別の友に救われたということが
大いにあります。

それが例えばアルバイト先であったりとかね。
いろんなアルバイトをしたんですけれども
そのアルバイトでお寿司の配達をしたりとか
工場みたいなところで働いたりとか
色んな事をやったんですけれども

言った先々で叱られることもあれば
お客さんから褒められることもあれば
慰めの声をかけてもらうこともあれば
ということもあったわけです。

そんな中で忘れられない友があるんですよ。
それは何かというと
アパートの周りのおじさん、おばさんたち
おじいちゃん、おばあちゃんたち
という友でした。

武蔵中原という川崎の駅から歩いて
7,8分くらいのところに住んでいたと
いいましたけれども
私の実家からねやっぱりアパートに時々
みかん1箱送ってきたりとか
お米を送ってきたりとか
リンゴを一箱送ってきたりとか
そうやって両親が私にいろんなものを
送ってきてくださったりすることがある。

それを一人で全部食べ切れないんです。
その食べ切れない量を送ってきてくれるものですから
仕方がないものですから友達にあげたり
いろいろするわけですよね。

私も田舎育ちなので
武蔵中原って当時はね、結構まだ
田んぼとか畑があって
今はちょっとわかりませんけれども
駅からアパートに帰るまでね
歩いていく道中、
畑を通って行ったりする。

そうすると暑い中
おじいさんとかおばあさんとかが
畑仕事をなさっているじゃないですか。
なので自分の実家から届いたみかんとか
今思えば、みかんなんかいらなかったかもしれませんけれども
それをですね、駅からアパートまでの間
道中、通りかかったときにですね。
畑仕事をしているおばあちゃんとかに

大愚和尚
大愚和尚

実家からたくさんみかんもらったんですけど
おばあちゃん、食べてくれますか?

て言って渡したりとか
あるいは駅からアパートに行くまでの間に
とても寒い日だったら
そこで自動販売機で
ホットのお茶とかコーンスープとか
レモネードとかを買って
その途中の畑でね
寒い中、草抜きしてたり
畑仕事しているおじさんに出したりとか

そういうことを繰り返しているうちに
私がとってもね落ち込んだときに
アパートに帰ったときに
アパートの入り口のドアノブのところに
ビニール袋がかかっているわけですよ。
そのビニール袋の中にね
ちょっとしたお手紙と一緒にね
「これ作ったから食べて」
て言って肉じゃがが入っていたりとか
スープが入っていたりとか

誰がくださったんだろうと思うと
駅からアパートに行くまでの間に
畑仕事していたおばあちゃんとかね
おじいちゃんとか…
知り合いになった友ですよ。
私よりずっと年齢上ですけれど

でもね、本当に学校でね辛いことがあったりして
打ちひしがれて帰ってきてね
アパート入ろうかなと思ったら
そこにビニールがかかってそこに肉じゃがが
入っているんですよ。

大愚和尚
大愚和尚

ほんと泣けて泣けてね

本当にありがとうございました
って言って
またお礼をもって
その人のところへ
お皿を返しに行くわけですけれども

友っていうのは
お釈迦様の教えでね
年が上であるとか
下であるとか
そうじゃなくて
学校の友とか
そういうことだけじゃなくて

自分が関わる全てのご縁の人たちが
みんな友なんだって

そういう教えを
私もずっと小さい時からそう聞いて
育っているわけですから
近所で会った人
お店で会った人
いろんなところで会った人というのが
みんなどこかで友だと思っている。

自分がどう思われているかわからないし
自分に自信がないと
自分は向こうにとって友だと
思われていないかもしれないけど
自分勝手にその人のこと友だと思っている。

私も年齢がずっと上とかずっと下とか
全然趣味とか仕事とか関係ない
でもすごく深い付き合いがあるわけではない。
けれども友があちこちにいるという感覚で
今も生きています。
なので行った先々で
人に話しかけて
そこで知り合いになって
ずっと今でも文通が続いてる
という人もいたりします。

どこでどんなタイミングで
私たちは友と出会うかというのは分からない。
だけれども私たちが出歩いた先々に
出会う人たちみんな友なんだって勝手に思う。

そのことによって友はいっぱいいるんだ
ということに気づくんです。

相談者の問題は
インターネットのTwitter上にしか
相談者の友がいない
と思っていることが問題だという
話をしましたけれども
本当にそうなんです。

インターネットでものを買ったことがある人って
日本の人口の半分しかまだいないんですよ
とういことは半分はまだ出会っていない
友なのかもしれない。

しかもインターネット上すべてリサーチしたわけじゃ
ないですけどね。
相談者も友達探したわけじゃないとおもうんですけど。
けれども出会っていない。
まず友達はそこにしかいないんだって思う考え
これをやめていただきたい。
その方が可能性がずっと広がるから。

インターネット上じゃなく
全ての人が友だと思うと
色んな友ができるんです。

いろんな友の中には
自分よりも年齢が上の人もある
年齢が下の人もある
それもみんな友なんだって思う。
そのことによって学ばせていただくことというのは
非常に大きい。

私は友達がなかなかできない。
コミュニケーションがなかなか人とうまく取れない
という人ほど
この友という感覚を大事に
出会う人、出会う人、みんな友なんだ
っていうぐらいのつもりでいたいただく
ということが自分の人間関係の稚拙さ
不器用さということを克服したり
未熟さを教えていただいたということに対して
一番の解決方法かなと
思っているんです。

それはなぜかというとわたしも
今言った友という感覚でね
いろんな人たちに話しかけたり
話しかけられたり
そういう感覚でいると
そういう関係ができるわけです。

同級生だったら許されないな
失礼なを言ってしまったりやってしまったり
ということもあったりするんです。
そうすると年上の方が

あのね、こういう時はこういう風に言うんだよ

そういう言い方するとやっぱりまずいと思うよ

ズバッて言ってくださる方があったりするんですよ。
そんな手痛い、でも自分の親みたいな人とか
自分よりずっと年上の人、
そういう人たちにとったら
若い者が言っている
若いからということで許してくださっているわけですね。

これが同じぐらいの同期の同じぐらいの年齢の人だったら
とっくに許されないわがままをとっくに許されないことがあったりする。
そして、なんだあいつってもう仲間外れにされてしまう
ということが即起きるかもしれない。
けれども向こうは年齢を重ねてらっしゃるから
包容力もあるし

ああ、若い奴だな、やっぱ若者だな

っていう感覚で見てくださっているので

  • これ気をつけた方がいいよ
  • こういうのって結構失礼になるから
  • こういうことは言わないほうがいいよ
  • こういうことはやらない方がいい

って言ってくださるんですよ。
それがまたイヤじゃないんですよ。
自分よりずっと年上の方で

大愚和尚
大愚和尚

ああ、ありがとうございます。

そういう関係によって
私もね、本当にこう言っちゃいけないことを
言っちゃいけないタイミングで
生意気に言ったり
ずいぶんあったと思いますよ。

とうの昔に仲間外れにされてもおかしくない
ことをしたりとか
不義理をしたりとか
いっぱいあったと思います。

でもそれを様々な人たちから
様々なタイミング、
様々な友から指摘してもらうことによって

ああ、そうだったな~

ってそのときには気が付かなかったことでも
後になって

大愚和尚
大愚和尚

こんなワガママを私、やってたんだな

って今思うと恥ずかしいなということは
いっぱいあります。
そうやって家庭の中では学べなかった人との関係、
そのより良い関係のつなぎ方ということを
時間をかけてたくさんの失敗を重ねながら
勉強させていただいたんだな
ということを今になって思います。

誰から?
友からなんですよ。

友というのは世界中にいる

友というのはTwitterの中だけにしかいないんだ
ってその人たちがいなくなったら
私、友達がなくなっている…

いやいや、そんなことはない
いっぱいいますよ。
むしろTwitter上で
友がそういう風にして離れて言ってしまう
やっぱり何か相談者にもあるんでしょうね。

あとはTwitter上でそうやって仲良くなって
○○ちゃんと遊びに行ってきた
と言って一生懸命それをアピールしている人たちも
実は人とリアルで会うことが怖いのかもしれません。

だから会おうと言っておいて土壇場になって
怖くなっっちゃったり
なんとなく気分が悪かったりして
でも、直接会って顔を知っているとか
直接会ってリアルな関係があるわけじゃないので
七面倒臭くなればアプリを削除するように
友達を削除するということも
ネット文化ではあるわけです。

それは本当の友というのか?

まさに相談者はそこに今、疑問を持っているわけですよね。

街中歩いてみてください。
出歩いた先々で出会った人、見かけた人
犬を連れているおばさん、
「こんにちは」って話しかけてみてください
必ずそういうところから
年齢を超えて、性別を超えて、
地域を超えて、友というのが広がっていくんです。

最後になりましたけれども、
一つ、相談者にアドバイスがあります。
友を作るための秘訣です。

自分から与えることです。

自分から与える人は必ず友ができます。
人からもらおうと思っている人は
友がなかなかできません。
自分から与えるって何を与えるの?
って言ったときに
お金とか物とかを与える
っていうことじゃなくていいんです。
一番簡単にできることは
笑顔
あいさつ
言葉がけ

言った先々で出会った人にね
「こんにちは」って声をかけてみてください。

全然知らない人なのに
「え、何、いきなり『こんにちは』って言うの⁉」
ってビックリする人もいます。
でも、その人たちは少数です。

朝早く起きて歩いていると
道を歩いているおばさんたちがいます。
おじさんたちがいます。

「おはようございます。」って声をかけるときに
必ず「おはようございます」って返ってきます。
そうやっておはようございますを交わしているうちに
友達になるということってあるんですよ。
ずっと自分より年齢の上の人と友達になるということがあるんです。

そこから物々交換が始まったり
「今度遊びに来てよ」
遊びに行ったらもう子育てが終わってね
老夫婦で二人、
向こうは向こうで若い人と友達になれた
と言って喜んでらっしゃったりするんです。

ちゃっかりごちそうになったりして
みたいなことが私も行った先々でありました。
何も私は持っていない。
だけれども、全て自分が出会った人たち
関係している人たち、
みんな友なんだって思うことによって
そこに気負いもない、
「友なんですから」
という世界が広げられていくと
実は世の中、捨てたもんじゃない。

いっぱい友がいる
ということに気づくんです。

相談者は20代でしょ?
20代の女の子が
友と出会える可能性というのは
ものすごいあるんですよ。
これからぜひいろんな友を作ってください。

Twitter上だけに友がいるわけじゃない
ということを知ってください。

友っていうのはもっと身近にいる
もっと身近にいる。
そのことを知ってください。

世の中、捨てたもんじゃない。
素敵な友がいっぱい、
きっとね、相談者のことを待っててくれると思います。

何かちょっと嫌なことがあったからといって
簡単に友としての関係を切らないような
成熟した友がきっと
待っててくれると思います。

勇気をもってね
未知の友がいる世界に
一歩踏み出してみてください。

応援しています。

 

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人間関係の相談

友達関係の相談

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ニコニコ動画 大愚和尚『大愚道場』

オフィシャルサイト

著書

苦しみの手放し方

人生が確実に変わる大愚和尚の答え

最後にあなたを救う禅語

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