【大愚和尚の一問一答】「親友神話」を捨てる【友達、勝友】

大愚和尚の一問一答

「大愚和尚の一問一答」の記事を書く目的

必要とされる方への橋渡し

YouTubeは解決したい、知りたい目的の動画を探すのに不便
過去にあの動画をもう一度見たいと思っても
どの動画だったか分からなくなる時があります。

過去にあの事を話していたのを
もう一度聞きたいと思っても
会話の内容までは検索機能が及ばず
膨大なコンテンツから探せないことがあります。

YouTubeは特に目的もなく
「何か面白い動画ないかな」
という心境で見るのには
とてもいいプラットフォームです。

しかし、順番通り系統立てて視聴したり、
特定の分野だけを視聴したいときには
あまり得意ではないプラットフォームです。

もちろん、再生リストという機能がありますが
事足りているとは個人的に感じてはいない部分があります。

以上の観点から、
誠に勝手ながらテキストと当方の主観や感想を
混ぜた記事で検索されやすい記事になればと考えています。
それによって動画への認知につながり
救われる方へ繋がればと願って書いています。

自分自身の心の整理

自分ごとの目的で申し訳ありません。
生きていていろいろと浮いたり沈んだいるすることもあり
過去の自分を大愚和尚の動画で
振り返り、検証をさせていただいていることが多いです。
思考の整理をさせていただくために
まとめています。

多少の主観や感想も語らしていただいております。
私なりに何かの役に立てばと思って記述しております。
もし感想や当方の考えに共感が持てなければ
退出されることをおすすめします。

ご関係者のみなさまへ
表現や内容でもし気になる点や問題点が
ございましたらお伺いさせていただきます。
お手数でございますが
フォームにてご連絡いただけば幸いです。

読者の方も
もし、どうしても気になることが
ある場合はフォームから
「優しく」つぶやいていただけると
助かります。

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友達関係の相談

「親友神話」を捨てる

親友がいない人必見|親友をもつことのメリットデメリット

ご相談内容

相談の要点

  • 24歳女性からのご相談
  • よく遊ぶ友達はいますが
    全てをさらけ出せる友達はいない
  • 心から信じられる親友が欲しい
  • どうしたら友達を作ることができるのか?
  • みんな親友と呼べる人はいるのか?

よく遊ぶ友達が5,6人ほどはいます。
でもすべてをさらけ出せる友達はいない。
この人なら何でもさらけ出せる、
何でも言える
この人だけは心から信じられる
という親友が欲しい。
どうしたら親友と呼べる関係の
友達を作ることができるのか?
みんな親友と呼べる人はいるのでしょうか?

この方のように
さらけ出せる人がいない
という人も多いのでは

親友は欲しいというより
結果的に親友になっていた
という気がする

親友がいないと気づくとき

具体的な心の症状としては
友達がいて友達と悩み相談はできる。
やっぱり親友に悩みを打ち明けて
親身なって聞いてもらっている
という感覚がないんだと思う。

友達がいて一緒に遊んで
でも家に帰るとすごく疲れる。
ということはよっぽど気を使って
そのお友達に
一生懸命、お友達という関係を
保とうとしている。
無理している。
という感じがあるんだと思うんですね。

友人の結婚式に出て
結婚式のスピーチでよく女の子が
親友の誰々さんのスピーチです。
といって新婦のお友達が出てきて
「幼稚園の時からの幼馴染で」
みたいなね話とか
なんでも分かり合える友達
「結婚してもミナコ
これからもずっと友達ね」
っていうシーンがありますよね。

あのシーンを直接見ると
もう羨ましい
自分は親友がいないから
羨ましいを飛び越して
むしろ嫉妬
「いいなあ」
「チクショー」
というかわかりませんけれども
そんな気持ちがあると。

やっぱりそういう友達が
いないということは
自分に問題があるんじゃないか
という風にして感じてる
ということです。

そういう友達ができないのは
自分が人に悩みを見せないから
そうなってるのかな
まあいろいろとそういったことを
親友ができないということに関して
ああでもない、こうでもない
ということをね考えて
自分も親友が欲しいな
ということですね。

相談者の問題点

この相談者の問題。
この質問を見た限りで
2つ問題点を感じます。

これはこの相談者だけではなくて
女の人だったら誰でもあるのかもしれませんけど
多くの人は持っていると思うんですけど

一つは「結婚式神話」を持っている。

多分、親友ができないということを
このお悩みの中にもあるとおり
友達はいるけど
親友と呼べる人がいない

どっかでちょっと一人ぼっちだなっていう感じが
友達と遊んでいながらあるというね
自分に親友がいないなという感覚がある。
より女性が意識するのがたぶん結婚式のとき。

なのでそれが具体的に書いてある。
結婚式で自分の友達の中から
親友に話をしてほしい
24歳なのでいろいろ結婚の事とかも
少しずつ考えたりとか
すると思うんですね。

それを想像したときに
女性にとって結婚式というのは
もう本当に人生の中で
一つのちっちゃいときから
憧れ描いてきた
結婚式っていう一つの舞台は
ものすごい特別なモノなんですよね。

なのでそれを自分の結婚式の時に
「親友の誰々」みたいなね
スピーチをしてほしい
っていうそういう絵がもうたぶん
あるんだと思うんです。

ってなったときにそこへ立って
話をしてくれる人が自分にはいない。
役者が一人いない。

結婚式に対して
女性が憧れを描くというのは当然だと思う。

結婚式でよく結婚した女性から聞くんですけど
結婚はもういいかなと
ただ結婚式はまたやりたい。

これ「結婚式神話」っていうですけれども
とにかく結婚式に関しての
イメージというものを
知らないうちに強くしてしまうと
結婚を意識する時期になれば
結婚式っていうのは一つの
結婚生活とか人生の中の本当に一つの
大きなイベントではありますが
通過点でしかないので

結婚式で親友がスピーチをしてるシーンを見て
それに対して強烈な嫉妬を感じる
っていうのはまさにそういう状況が
羨ましくてしょうがない。

本音を言えば
いろんな気持ちが
混じっているんだろうけど
親友という役を
演じている部分もあるんだろうなと
冷静な目で見ていますが…

結婚式に対しての幸せなイメージに対しての
神話が強すぎるんですね。

当然、憧れをもってもらうのは
全然いいと思うし
それを持つなということもできないですけど
結婚式はあくまで通過点で
そこで話をしてくれる友人がいなければいい。

いて欲しいという思いが強いと
たぶん友達に対するイメージとか
友達作りということにまで
影響を及ぼしてしまう。

結果としてそこで話をしてくれる人が
出てくるというのは良いことだと思いますけど
結婚式に関しての神話というのは
もう捨てたほうがいい。

結婚式っていうものを前提に
友達を考えるという
本末転倒のことが起きちゃうので。

結婚式は結婚式で
こんな結婚式がやりたいな
という理想はあってもいいけど
そこに対してあまり自分をね
登場人物としてこう想像しすぎない方が
いいかなと思っています。

もう一つ、これが本質的なところなんですけど
問題2つ目
「親友神話」を持っている。

目から鱗(うろこ)

 

要するに「親友」がいることが
いいことだっていう理解ですね。
そういう憧れを持っている。

和尚の小学生時代の思い出

私も小さいときから
どっか変わりものだったのかも
わかりませんけれども
友達が欲しいっていう気持ちは
昔は強烈にありました。

なので相談者がいっている
親友が欲しいっていうのは
すごくよくわかるんですよ。

でも親友が欲しいといって
親友ができるものじゃないし
自分はこの人を親友と思ってても
向こうはそう思っていないケースがいっぱいあります。

私いつも親友とか友達の話の相談を聞くと
思い出すことがあって
それは小学校の時に
生徒会長してたんですよ。

生徒会長って立派だから
生徒会長してたわけじゃなくて
ノーと言えない人なので
みんな生徒会長面倒くさいし
やりたくないっていう中で
「やったらいいんじゃない。」
「ああ、そうだ、そうだ。
お前いいじゃん。」
と言われると
やらなきゃいけない気がして
気が付いたら生徒会長になってた。
っていう生徒会長なんです。
立派な生徒会長では決してない。

小学校6年生の時
修学旅行というのがあるんですよ。
修学旅行に行ったんですよね。
京都、奈良だったと思います。
そのときにね
先生が「これ修学旅行だから
バスの席決めをするときに
自分と仲のいい、
自分がこの人と隣になりたい
っていう席順で座っていいよ。」
って言って
誰と席順になるか
それを決めようということで
ものすごい盛り上がるんですよ。

班とか席って決められてるじゃないですか。
それを自分の好きな友達と一緒に
ペアになっていい。
といったら子供たちにとっては
スゴイ嬉しいんですよ。
もうクラス中、湧いて
ワーって言って
「最高!最高!やった!ラッキー!」
みたいな感じで
子供たちも盛り上がるわけです。
僕も嬉しかったんですよね。
あ、そうなの!

僕も仲のいい友達の
親友のI君という子がいたんですけど
I君と友達になれるね
と思ってお互い見るわけですよ。
I君は僕の方を見てない。

違う子と抱きあって喜んでいるんですよ。
いまだに思い出すんですけど
あんな悲しい思い出はないですよ。

好きな人と席一緒になっていいよ
って言われて
オッシャーっと思って
絶対向こうもこっちを選ぶと思ってて
見たら違う子とすでに抱きあって喜んで
飛び上がっているんですよね。

悔しいやら悲しいやら
という気持ちを表に出さないようにして
「誰にしようかな~」という風に
考えているふりをしてた。

最終的に隣になる人が決まっていってしまって
最後、ペアができなかった子がいたんです。
その子と結果的にペアになって
修学旅行、小学校最後の思い出を
その子と一緒に旅をしたわけです。
隣の席でね。

その子っていうのが今でいう
特殊学級っていうのかな
(そこの)子なんですよ。

ちょっとクラスの中で
そういう意味で浮いた存在ですね
今でいう知的障害みたいなね
側面があった子だったんです。

それで先生が
「この子とペアになる子は?」
僕しかいないわけですよ。
「あ、はい」と手を(上げた)。

「ああ、さすが生徒会長だな」
「そうです、さすが生徒会長です」
と言いながらその子と隣になるのがイヤじゃないんですよ。

それ以上に自分が親友だと思っていた人が
向こうにとってみたら僕は親友じゃなかった。
僕はその子のことを親友だと思っていたのに
向こうからしてみたら僕は親友ではなかった

ということのショックが大きくて
修学旅行、何にも楽しくなかったんですね。

隣になった子が悪いわけじゃない。
その思い出というのは
いまでも懐かしく思い出しますね。

なのでそれ以降、
ああ自分は一人なんだ。

ということを逆に決めて生きてきたので
この人親友と思っていて
その人が親友じゃなかったということに対して
あまりこう裏切られたという気持ちもないし
逆に親友を作ろうという
気持ちもないまま育ってきたので

逆に友達いいよねって言って
特に私の場合は男なのでね
女性の場合は、やっぱり友達とか親友とか
余計大事にすると思いますから
そんな苦しさはあると思います。

親友と呼べる人が私もいなかったものとして
冷静に「親友神話」について
考えてみようと思ったときに

親友を持つことのメリットって何ですか?

ってちょっと考えてほしいんです。

自分が親友という人を持つメリットです。
親友ということをいたらいいですよね。
何でも話せる何でも分かち合える
という人がもし仮にいるとしたら
その人には何でも話せる。
これいいですよ。

やっぱりなんでも話せる
相談相手がいるというのは
メリットになると思いますよね。

自分が寂しい思いをしずらいかな
一人じゃないという気持ちがある。

向こうも自分の事、好いてくれる
そういった人がいるとしたら
メリットですよね。

いつでも夜中でも電話して
自分の悩みとか
振られちゃったの~とか言える。
それなんかいい感じですよね。
メリットだと思います。

寂しいときに慰めてくれるとね
自分のこと分かってくれるとか。
誰かにいろんなことを言われても
その子だけは守ってくれるとか。

そういう友達がいたら
それは一つのメリットです。

逆にデメリットというのを考えてみる。

そうすると親友がいるとね
新しい出会いというのが
制限されていくんです。

ちっちゃいときは
まだあれですけど
年取ればとるほど
そうですよね。

いつもあの人はあの人とくっついている。
てなると他の人が入り込む余地がないので

ひょっとしたら
あの人と友達になりたいな~
と思うけどいつもくっついている。

子供ができたりするとそうです。
ママ友っていますよね。

いつもくっついているママ友は
いつもその人と一緒にいる。

実は人間関係というのは
ものすごい狭まってしまうんです。

それ以外の親友がいるがために
それ以外の新たな出会いがなくなっちゃう。
これは実はすごく大きなデメリットかなと思います。

もう一つ、親友がいることのデメリット。
自分に向き合う時間、
自分の軸を作るとか
自分を練るという時間が
圧倒的に減ります。

なんかちょっと辛いことがあったら
すぐ親友に電話したり
親友に連絡して話を聞いてもらえちゃう。

自分一人で悶々と苦しむということができない。

人間というのは
どんどん自分一人で苦しめば苦しむほど
自分を深く掘るしかないんですよね。

誰かに話してしまうと
そこはもう表面的に話を聞いてもらった段階で
自分の悩みというのは
それより下に根を掘っていく
ということがなくなって
パーっと散ってっちゃう。

でいろんな慰めをもらったりとか
「そんなんいいじゃん」
っていって
友達だったら慰めるためにね
遊びに行こうよ
と紛らわせてくれる。

必ず大人として
自分というものを深掘りしたりとか
自分というものを考え方とか価値観とか
っていうものを生きていく上で
作ろうと思ったときに

絶対的に一人でだれにも頼れずに
苦しんで自分なりの納得する答えを
出すということが
必要な時期というのが絶対あるんです。

でもこの時期を
親友がずっといる人は
逃しちゃうんですよ。

親友のために
親友の意見を尊重しないといけないので
他人の意見というものに従って
自分が生きることになってしまう。

だから絶対的に親友がいるっていうことは
悪いことじゃないんですけど
デメリットもあるということ。

  • 新たな出会いがなくなってしまう。
  • 自分を練るという時間がなくなってしまう。

私はずっと一人だったので
そのメリット
親友がいることで寂しさを紛らわせてもらう
何でも話せるとかということのメリットと
親友がいることによるデメリットを
考えたときに

なんだ。
親友がいたら逆に困るじゃん

っていう結論を出したんです。

実際、そうなんです。
もっと「親友神話」というものを
崩す話をすると
何でも話せる親友というのは成立しない。
特に女の子。

例えばね、結婚式のスピーチの話が
出てましたよね。

結婚式のスピーチを友人代表として
受けて話してくれる友達がいたとしても
その友達が
結婚してなかった段階で
スピーチを頼まれた友達は
「結婚してもずっと友達よ」
あの涙は友達が結婚したことに対しての
喜びの涙じゃないんです。

「私だけおいてあんただけ結婚したね」
という寂しさなんですよ。

当然独身でいる女性と結婚をして
親友以上に距離が近くなる
ファミリーができて子供ができる。

喜ばしいことなんだけど
どこかで必ず親友であるが故の
寂しさってのが出てきます。

何でも話せる関係にはならないんですよ。
なので実は結婚式のスピーチに立っている友達の
友人代表として話してくれる話というのは
結婚式向けであるという可能性が高いってことです。

本当の友人といいながら
親友関係は実は今まで通りの親友関係にはもう
その時点でなってないということです。

仮にこのスピーチをしてくれる友人代表の友達が
結婚をしてる友達だったとして
今度自分が結婚したら
友達も結婚して旦那さんもいる子供もいます。
自分も結婚して旦那さんもできる。
ようやくいろんなことがまた分かち合えるね
って思うでしょ。
そうはならないんです。

こんど結婚をすると親友なんだけれども
自分の旦那の稼ぎがいいとか悪いとか
子供が生まれたら子供がどういう学校に行ったか
旦那がどういう経済状態であるか。

片方、すごい上場企業に旦那さん就職して
羽振りも良くって
自分とこの旦那はリストラ寸前。

親友として成立しない
というケースがあるんです。

悩み違いますもん。
お金の悩みとか、うちの旦那がもう本当に
仕事行ってもダメなのリストラ寸前なの
言えないですよね、絶対。

何でも話し合える関係だったのに。
何でも話せなくなります。

人間というのは
親友ってそのときにできた友達は
永遠には長続きしないです。

それは自分自身も
人生のステージは変わっていくし
相手も変わっていくし
相手もまた新しい人間関係ができていく。

それが正常なんです。
それが普通というか
それが現実です。
いいとか悪いとか
ということじゃなくて。

これちょっと覚えておいて欲しいんですけど
成長してる人
人生において3歳の時と5歳の時は違う。
5歳の時と10歳の時は違う。
成長をどんどんしていく。

人間でいう肉体的な成長
社会的な成長
精神的な成長

成長をすればするほど
友達というのは
変わり続けていくものなんです。
永遠に変わらない親友はない。
どんどん変わり続けます。

自分の成長を念頭に置いて
そこを目指してすごく魅力的な
もう自分というものを
作り上げていく人に限って
親友はいない。

私も会ったことありませんけれども
想像してみてください。
宮本武蔵に親友はいたでしょうか?

宮本武蔵

なんでも分かってくれる
しょっちゅう飲みに行く
親友が宮本武蔵にいたでしょうか?

イチロー選手に何か悩み事があったら
すぐに相談できる友達
しょっちゅう飲みに行く友達
いるでしょうか?

多分いたらイチロー選手は
今のイチロー選手になってないと思う。

宮本武蔵だって伝説の侍になってないと思う。

当然この相談者さんが伝説の侍になりたいと
思っているどうかと言えば
多分思っていない。

イチローになりたいかと言ったら
たぶん思っていないかもしれない。

なので親友がいる人を
別に責めているわけじゃないんですよ。

ないんですけど
多分、親友って言ってる人がいるとしたら
今の私の話はわかると思います。

いない人からしたら
ないものねだりなので羨ましい。

けど親友って一応、呼んでいる。

親友だよね。
ミナコ親友だよね。
と言っている友達がいたとしたら
そしたらその友達をもってる
と思っている自分は
ふと考えてみると
ずっと親友でいられるかなと言ったら
そうじゃないケースってありますよね。

まあでも、ずっと精神的に
つながっている友達はいますけれども
いつもいつも親友って一応言っている人も
その友達が本当に親友かな
と考えたときに私はそう思ったけど
向こうはどうかな…
多分そう思うと思うんですよね。

なので「親友神話」というものを持たなくていい。

親友がずっと永遠に変わらない。
幼稚園の時から永遠に変わらない親友がいるかと言ったら
それはテレビドラマの中ではいますし
漫画の世界の中では少女漫画の中ではいますけど
現実の社会ではいないです。
それはテレビの中の世界でみんな親友っていう人が
いないので憧れる。
現実にはいない。

相談者への処方箋

さてこの親友神話を持っていらっしゃる
彼女に対しての処方箋です。

親友じゃなくて
「勝友」(しょうゆう)を持ちましょう

というのが私からの提案です。

「勝友」というのは仏教の言葉で
親友というのは親しい友と書きますね。
勝友というのは勝負の勝、
勝つという字に友と書きます。

「勝友」というのは勝れた(すぐれた)友達のことです。

自分にね、ああもっと頑張らなきゃって
思わせてくれる友達とか
一緒にいるだけですごい勇気をもらう
明るくなるとかね
なんか元気をもらうとか

それはベタベタした関係である必要はないわけです。
別に飲みに行く必要もないんです。

だけどなんとなくあの子と会うとね
私ももっと頑張らなきゃな
とかね、あの子と会うと
すごい元気になるなとか。
あの人みたいになりたいなとか。

勝友というのは必ずしも
一緒に遊びに行こうねとか
どっか遊びに行くなら隣の席になろうね
というそういうことじゃない。

自分がその人みたいになりたいと
憧れを持ったり
その人といると元気になれるとか
ベタベタした関係じゃないけど
目標になる人、自分がこう励まされる人
勇気をもらえる人、
自分の未来を想像して
もっとこうなりたいなと思うような人。

友達じゃなくて先生でもいいですよ。
歳離れててもいいし若くてもいい。

私はこれだけ好きだから
あなたもこれだけ好きになってね
という関係の友達じゃなくて
一方的に自分が憧れているだけの
友達でもいいんですよ。

それはテレビの中で
同年代の芸能人がいたと
同年代のスポーツ選手を見たと
わあ、頑張っているな~
という人と友達になればいいんですよ。

別にFacebookで友達になるとかじゃないですよ。
勝手に私が友達と決めるわけです。

それはもう、その人の友達なんですね。
向こう関係なくて
「お前頑張っているな、いつも」
「私も頑張りたいね~」
って思ってくれたら
テレビつけたらそこに友達がいるわけですよ。

一緒に飲みにいかないけど。
「同じ年齢でこんだけ頑張っているんだもんな」
「俺も頑張ろうかな」
「私も頑張りたいな」
っていうそういう気持ちをもらえるだけで
すごいことですよ。

勝手に友達、でいいんですよ。
友達ってそんなもんですよ。

勝手に友達というのが大事で
自分が好いている分だけ
相手が自分を好いてもらいたい
と思うから
親友関係、裏切られたとか

勝手に友達、僕はいっぱいいますよ。
人間以外の友達もいますから
「あ、すごいなあ」
「あの猫のフレキシビリティがすごいな」
と思ったら、友達、師匠ですよね。
あの猫の柔軟性が持てたらな

色んな競技やっててもかっこいいな
と思ったら、
もうそれは先生であったり
友達であったりする。
勝手に自分で勝友を作ってもつということです。

そこはアドバイスとして
親友なんか求める必要もないですよ。
天才は誰も親友がいないですから。
親友がいる時点で天才になれないかもしれない。

でもやっぱりね寂しいの嫌じゃないですか。
友達欲しいです。
友達いっぱいっていうのは
私が寂しいから友達になってください
って言って友達になる。
その関係って長く続かないですよね。

わかりますよね。
「私、寂しいの、友達になって」
街中歩いてて
「私、寂しいの、一人ぼっちなの友達になって」
そこで友達になってくれる人は
向こうも寂しい人です。
それって勝友にならないんですよ。

向こうも寂しいから
「あ、そうなの、私も寂しかったの」
「じゃあ、友達になりましょ」
メールアドレス交換します。
お互い寂しいことを慰めてくれるメリット
でくっついている友達なので

どっちかが寂しくない夢を見つけたり
自分が全然寂しくないような
もっとラブラブの恋人を見つけたり
(友達関係が)一気に崩れます。

現実的な話をします。
人間というのは
すべて夫婦から友達、先生、生徒
会社の上司、部下
全部、利害関係なんです。

そんな話をすると幻滅するというか
「ええっ!利害関係!」

全部利害関係なんですよ。
親子も、親友も。

利害関係というとね
お金って考えちゃうんですけど
お金と利害関係は
関係ないと思ってください。

例えば今ね私も話をして
これを今私が話していることを
聞いてくれている人がいるわけですよ。
これ利害関係なんです。

例えばお坊さんだからということで
相談をしてくれる人って
やっぱりいるわけですよね。
いつも相談者さんに言うんですよ。
「相談乗ってくれますか?」
ってくるんですよね。
「こういうことで相談したいんですけど」
「じゃあ、わかりました」
「30分相談に乗りましょう」
でもね人間関係は利害関係なんですから
お坊さんだからと言ってね
私がじゃあ利害関係を求めないかと言ったら
「(利害関係を)ものすごい求めますよ。
申し訳ないけど。
タダでは相談に乗りません。」
っていうんですよ。
そうするとビックリするわけです。
「えっ!」

お坊さんなのにそんなこと言うんですか
っていう顔をするわけです。

壺売りますよ。
ものすごい高い壺売りますよ。

そんなタダでね
相談に乗ってくれる人はいないんですから。
そうするとね
なんかひどい坊さんのようじゃないですか。

でもその人は
相談に私のところに来た段階で
自分にとっては何らかの形で利益になる。

それは私のアドバイスが必ずしも
すごいいいアドバイスかわかりません。
わからないけれども
相談したい
この気持ちを話したい
と思ったのを少なくとも吐き出すだけで
その相談を聞いてあげる
ということだけで
ちょっとでも楽になったり
寂しさが紛らわされたりするわけです。
これその人にとっての利益ですよね。

私にとってはどうですか。
害でしかないわけです。
貴重な時間、邪魔されているんです。
私だってその時間に何か
やりたいこととかやるべきこととか
あるかもしれない。
その時間をわざわざ割いて
相談に来るわけです。

だから言うんです。
「全部、人間関係は利害関係ですからね」
あなたはここへ相談に来て
自分の相談事を一方的に話して
私は黙って聞く。

私、そんなに善人じゃないので
きっちり私に対しても

ただ相談に来るだけで
私の貴重な時間を邪魔されているだけだったら
あなたは「利益」で私は「害」ですよ。

そういうのはイヤなので
というかそういう人間関係は成立しない。

それは世の中のルールなので
私に利益をもたらしてください
って言います。
それ約束できますか?
って言ってから相談を聞く。

私にとって利益は何かといったら
一時間話したら
例えば10万円の壺を買ってもらう
じゃなくてもいんですよ。

その人が相談に来た
相談に来てそれを一生懸命聞いて
であればこういう風にしてみたら
どうでしょうか?
ってアドバイスをした。

そのアドバイスをやって
その人が0.5ミリでも1ミリでも
自分の人生が変わった
ということを聞くのが
利益なんです。

貴重な時間を使って話をした
「へぇ~、そうですか。
こういうことで話を聞いてもらって
アドバイスをもらって
ありがとうございました。
でもあなたのアドバイスを聞いたけど
他の本にこういう風に書いてあったので
そういう風にしたいと思います。
さようなら」
って言われたら
すごい無駄ですよね。

これは向こうは利益になっているけど
こっちは害になっているんですよ。
貴重な時間を。
相談したいと思って来てくれた
貴重な時間を差し出した。
アドバイスをした。

自分の今までの経験のなかで
自分の人生の得てきた知識の中で
一生懸命考えてアドバイスをした。

それ、やるのが義務。
それをやらずにこういうことで悩んでいます。
また来る。
そういうのダメ。
全部断ります。

利益というのは必ずしもお金という話ではない。
学校の先生が生徒たちに指導するというのは
これもね、お金関係ないです。
親が子供を育てるのもそうです。

利害関係です。

親は自分の子供をダメな人間に
しようと思ってずっとおむつを替えて
あやしてってやるわけじゃないですか。

何も親に対して
将来有名スポーツ選手になって
1億円くれとかね
豪邸を建ててくれとか
そういうことじゃないんですよ。

その育てた子供が
自分で自立をして
社会の中で立派に生きていって
くれるとなったら親はね
そんだけ育ててよかったと思うわけじゃないですか。

別に有名な人にならなくてもいいです。
自分の足でちゃんと立って
社会に迷惑かけないように
生きてるってなったら
親はこれ利益なんです。

ちょっと話ずれましたけど
全ての人間関係は利害関係なんです。

そう思ったときに
もしねあなたが親友はいないとしても
勝友を持ちたい
それから友達が欲しい
というのであれば

当然、変な友達とか
自分の価値観の合わない友達
を作ったってしょうがないですよね。

今、友達がいるけど
友達といて疲れるのは
ひょっとしたら自分が寂しいから
友達でいてくれる人を
確保しているだけで
本当に自分がね
この友達といるとね
すごいいろんなことを教えてもらえるな
ほんとになんか素晴らしいな
自分が本当にいろんなことを共有できる友達だな
という価値観が
ひょっとしたら
ずれているのかもしれない。

であるならば
新しい友達というのを
自分が作ったほうがいいと思う。

友達っていうのは
自分がね友達作りましょといって
できるものじゃないんです。

そうじゃなくて
友達っていうのは
今風にいうと、自分が引き寄せてくるもの。

自分に対して寄ってきてくれる
あなたと友達になりたいね
こっちも友達になりたいな
ピピピッとくるんです。
ピピピピピと来るための
テレパシーを発信している人っていうのは
何を発信しているか。

よくオーラっていうじゃないですか。
オーラって何かわかります?
他の人に与えていく「利益」なんですよ。

例えば太陽。
すごいオーラありますよね。

お日様の光が出てくると
みんなゾロゾロと出てきて
外で日光浴をするんですよ。

北欧とか行くとね
太陽が出ると
みんな日光浴しているんです。

太陽は友達欲しいと思って
何かやっているかと言ったら
何もやっていないです。

ただ太陽はすごいエネルギーを発信して
そこに当たりに来る人が出てくるんです。

友達欲しいっていうのであれば
自分自身が何でもいいですよ。
すごい明るいっていうだけでもいいんです。

あの人といると何か明るくなる
落ち込んでいたのが一気に吹き飛ぶ
あの人に言葉掛けてもらって
そんなんでいいんですよ。

別に何か特殊な能力が
あるということじゃなくても。
スポーツ選手とかね
プロはプロでテレビの前ですごいこう
大ヒットを打ったりという
責任があるというのは
そこなんですよ。

プロとしてすごいお金をもらって
ファンがいるとなったら
ファンに勇気を与えないといけない。
それが一番のファンサービスです。
ファンにサインを書くことよりも
結果を出すことが
プロはエネルギーを与えることに
なるわけですから。

多くの人たちに苦しみながら
自分の結果を出していく。
というところを見せるのがプロなんです。

その利益をみんなにもたらしているから
その分、利益がもらえるわけですよね。

常に自分が何でもいいんです、
人に対して利益を与えられるような人になる
ということは友達作りの一番の秘訣なんです。

太陽は光を与えます。
弱くても月も光を与えるでしょ。
人は何を与えるかと言ったら
人も同じです。

誰かに対して光を与える
ということができる。

その光というのは
エネルギーなんですね。

無財の七施

仏教に「無財の七施」というのがあるんです。

すごいお金を持っているとか
ものすごい能力を持っているとか
物を持ってるとか
そうじゃないと人に与えられない
と思っている人、多いと思うんですけど
違うんですよ。

むしろ、そういうものとかお金とかじゃなくて
誰でも私たちが手足がない人でも
与えられるものっていうのがあるんです。

それがね、誰でも与えられる七つの施し
といって「無財の七施」っていうんです。

物とかお金のかからない
七つの施しっていうのがあって
この施しをしている人っていうのは
友達がいつも絶えないと
いわれているんです。

それ何かという話をね
最後にしたいと思います。

一つは「目」です。
「目」による施し。
いつも魚の腐ったような死んだ目をしている

誰かにガンつけたり

誰か寄ってきますか?
寄ってこないわけです。

何にもできなくてもいいんですよ。
でもね、会った人に対して
自分が精一杯その人を慈しんだり
その人を受けとめたり
という「目」をする。

これはものすごい立派な施しですよ。
というのが仏教の教えにあるんですよ。

見てるだけです。
いやらしい見方とか
相手を見下した見方とか
逆にへりくだった見方とか
じゃあないんですよ。

その人を認めますという見方。
「ここにこの人がいるんですね。」
っていう目をするだけで
すごい施しなんですよ。

「目」で見るだけで誰かを喜ばせることが
できるってすごいじゃないですか。

それから「和顔施」っていうんですけど
平和な顔、にこやかな顔
これも立派な施しですよ。
これが二番目の施しです。

とにかくいつもあの人ニコニコしているね
会ったらニコッとしてくれる
綺麗とか、可愛くないとか関係ない

とにかくニコッとする。
街中で会ったらニコッとする。

それから「言葉」による施しです。
人に会ったら悪口ばっかりいう
文句ばっかり言ってる。
「私友達出来ないんだ」
「親友いないんだ」というよりもね
「こんにちは」と言ったり
「今日、寒いですね」
「雨がひどいですね」とか
「大丈夫ですか?」と言ったり
そういう言葉。

それから「席を譲る」
これも立派な施しであるということです。

練習しないとできないですよ。
電車に乗って
席を確保しておく。
そして誰かが入ってきたら
譲るっていう練習をするときに
意図してやらないといけないですから
誰か入ってきて
自分のところに近づけたら
パッと立つ。
練習をするんです。

わざわざ占拠しておいて立つという
それが自然になっていきます。

いやらしいようですけど
最初から空いているのと
座ってて立って譲ってくれたら
いいじゃないですか?

「この人かっこいいな」
という人が電車に乗ってきたら
チャンスですよ。
パッと立って譲ってあげる。
「すいません、メールアドレス教えてくれませんか?」
なるかもしれません。
分かりませんけど。

自分の体で出来る施し
というのがあるんですね。

例えば誰かの背中をさすってあげる
苦しんでいる人とかね。

誰かが困っていたら手伝ってあげる。
誰かが何かを落としたら
それを拾ってあげる
自分の体を使ってできる施し
というのがあります。

実際ものすごい忙しい人は
猫の手も借りたい
っていうぐらい
猫の手も借りたいんです。

あなたの手だったら相当役に立ちます。

世の中見てると
そういう人いっぱいいるので
そういうことを自分からやる。

家とか住まいとかを提供する
という施しがあります。

これはインドとか貧しい国からの
発祥の教えなので
仏教というのは。

家がない人というのはいるわけですよね。
そうすると本当に食べるのに困ってとか
今の日本だとなかなかないですけど
本当に困ったという人に対して
一晩ここで宿をとってあげる。

今は安いホテルも
カプセルホテルもありますけどね
誰かの家に泊まるよりは
カプセルホテル泊ったほうが
気が楽だといって
そっちに泊まるケースもあります。

でも、それを現代風に置き換えたら
例えば車に乗ってて
ちょっとね車乗っていきませんか
送ってあげるとか
いろいろあるじゃないですか。

自分の持ってる空間を
自分の所有している空間を誰かに
使ってもらうとか
そういうことなんです。

もうとにかく自分がすでに今持っているもの
自分の体、言葉
自分の顔、目
自分の行い
自分の座っている席

どんなに貧乏でも
どんなにものを持ってなくても
できるっていうことの中から
誰かにいつも
何かね与えてあげようと
与えようとしている人
人が寄ってこないはずはない。

相談者への処方箋

処方箋なんですけど
親友ではなくて
勝友というのを
ぜひ作ってください。

勝友というのはどうやってできるか?

一方的にいつも
親友が欲しい
教えて欲しい
楽しい思いさせてほしい
欲しいじゃなくて
自分が持っているもの
自分ができることの中で
何を人に与えてあげられるのかな
何ができるのかな
ということです。

ニコッて笑うだけでも
その人を温かく見つめるだけでも
見守るというだけでもいい。

消しゴム拾ってあげる
というだけでもいい。

何でもいいんですけど
自分ができることということを
ちっちゃくちっちゃくやる
ということです。

大きくやっちゃダメなんです。
ちっちゃくやるということです。

必ずそのちっちゃな気遣いというものを
見てくれる人というのがいるんです。

そしてあなたと
友達になりたいという人がいるんです。

そのためにやるというと
いやらしい気がしますでしょ。
でもねいやらしい気がしても
そういうちっちゃな与えるという作業は
やれって言われて
簡単にできることではないんです。

やってみたらわかります。
本当にいやらしい人はできないですよ。

でもそれをやっている人というのは
やっぱり知らないうちに
友達が出てきたりするし
そういうちっちゃな気遣い
ちっちゃな自分が心がけている
人を喜ばせようという行為に
気づく人ですから
何か素敵な人じゃないですか
そこに気づいていくれる人なんですから。

これが本当にただね
親友を作るじゃなくて
勝れた友達、
自分と価値観のあった友達
というものを作る最大の秘訣
なんですね。

ですからそんなことで
全ての人間関係は
利害関係であるということを
いいとか悪いとかじゃなくて
そのことを理解して

自分が他の人に利を与えられる人になろうと
利とは何かと言ったら
お金とか物とか能力とかじゃなくていい
ということです。

優しいまなざし
優しい笑顔
あったかい笑顔
言葉とか
自分が体を使ってできることとか
席を譲るとか
自分の車に誰か乗せてあげるとか
自分の家を困った人に提供するとか
震災が起きたときにうちに泊まってください

困った人に言えるというのは
すごいことですよね。

無財の七施といって
仏教の中では友達を作ったり
人間を他の人とね
いいつながりを作っていくというときに
誰でもできる
七つの秘訣として
教えとして残っているので

まあぜひねそんなことを一個でも
実践できるときっと親友ではなくて
勝友があなたの周りに
少しずつ増えてくると思います。

ぜひ勝友をお作りになってください。

大事なポイントをまとめると

  • 相談者の問題点は2つ。
  • 一つは「結婚式神話」を持っている
  • 結婚式に対して
    女性が憧れを描くのは当然だと思う。
    でもその幸せなイメージに対する
    憧れが強すぎる人が多くいる。
  • 「結婚式神話」は捨てたほうがいい。
  • もう一つは「親友神話」を持っている
  • 親友をもつことのメリットは
    寂しい思いをしない。
    何でも話せること。
  • 逆に親友をもつことのデメリットは
    新たな出会いがなくなる
    自分を向き合う時間がなくなること
  • 親友を持たないという
    生き方をする偉人もいる
  • 「親友神話」を持たなくていい
  • 親友ではなく「勝友」(しょうゆう)を持ちましょう
  • 「勝友」とは
    勇気をもらう、明るくなる、
    元気になれるような人、
    こうなりたいと思える人
    年齢は関係ない。動物でもいい。
  • 面識がなくても、飲みに行かなくても
    勝手に自分が「勝友」だと思っていい。
  • 自分が好いた分だけ
    好いてもらいたいと思うから
    「裏切られた」とか親友関係の
    悩みが生まれる
  • 人間関係は全て利害関係
  • 誰かに対して
    利益を与えられるような人になるのが
    友達作りの一番の秘訣
  • 「無財の七施」という
    お金のかからない七つの施しがある。
  • 例えば優しいまなざし、
    優しい笑顔・言葉、
    席を譲る、などがある。
  • 一つでも実践していけば
    やがて結果的に勝友が少しずつ
    できはじめる

好いてもらいたい。
嫌われたくない。
そういう気持ちで接すると
動作や仕草がどうしても
いやらしくなる。
勝手に友達だと思えば
相手の見返りを期待することもない。
自分が与えるというマインドを持つことが
友達作りの最初の一歩ですね。

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