「学校で教えてくれない!」 という発想は 取り残されていく

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先日、このようなツイートをしました。

このツイートを詳しく深掘りしていきます。

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学校では教えてくれないこと

学校を批判してもあなたの現状は変わらない

よくSNSやテレビの批判のコメントとして

「学校で教えてくれない」
「学校でも教えるべきだ」

おっしゃりたいことはよくわかるし
そうなればいいなとは思います。
しかし、論点のずれた批評だと感じます。

学校(役所)のシステムは批判しやすいし、
共感も得やすいので
ターゲットにされてしまう
という部分もあるのかもしれません。

なぜなら
学校というシステムを考えたときに

  • 世論の反応を起点に
    教える内容を決めている
    (詰め込み教育、ゆとり教育など)
  • 教える内容を更新するのに
    膨大な時間と労力、調整が必要となり
    更新される頃には
    すでに次の時代へと進んでいる

この点を踏まえると
学校で教えられることというのは
基本的に古典、歴史、伝統、
という部分だけになっていきます。

教科名、制服、行事など
どこか前時代的な名残の集大成という感じがしませんか?

時代の最先端をいっているものはないと思います。

学校の教育内容という枝葉ばかりを見て
根幹の問題を見ていないのは
大きな勘違いを生んでいきます。

学校で学べること

学校で学べるのは
古典、歴史、伝統だけです。

これは先ほど書いた通り
世論の反応を起点としているので
どうしても後追いになってしまいます。
つまり過去の知識や出来事を
中心に編成されていきます。

これは学校が悪いのではなく
システム上の問題で、
仕方ない部分であります。
根本的なルール作りを変更するしかない
ように感じます。

今すぐ対応して欲しいといっても
数十年はかかるわね。

学校は役所の一部であることからも
過激なことや、
言いにくいことを言う
ということは言えない立場にあります。

例えば歴史に関しても
日本という国自体が
いろいろとしくじりをした過去や
他国との関係を悪くしないためにも
そこについては、はっきりとは言えない部分も
もちろんあります。

つまり、学校というシステムで出来ることに
限界があるのは仕方がないことです。

学校システムで実現できないことについて
批判していることが多いように感じます。

これほど情報に溢れた時代はない

いつの時代も厳しい社会を
生き抜いていかなくてはなりません。
そのためのサバイバル技術として
最新の情報、技術、思想は
自分で学びに行くしかありません。

現在は情報に溢れています。

これほどいろんな情報をとりやすい時代は
過去になかったです。

本や動画で多くの人が
メッセージを送ってくれています。
その情報を取り入れないのは
もったいない以外の何物でもありません。

学校が、国が、役所が教えてくれない

学校の他にも
「国がしっかりやってくれない」
「役所がもっと知らせるべき」
みたいな意見もよく聞きます。

それもごもっともな話です。
役所側の怠慢というのも確かにあります。
ですが、そういう待ち受け的な姿勢でいると
どんどんと取り残されていきます。

受け身的な姿勢は
使う側、支配する側にとっては
都合がいいのですが、
自分自身がどんどん不利益な場所に追い込まれていきます。
自分の生きたい道は自分で歩んでいく。
ということを念頭に置いていくことが
最初の一歩となります。

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こちらの動画をおすすめ

じゃあ、今からどうしたらいいの?
という疑問をお持ちの方へ
まずはとっかかりとして
下記の動画から見てみることを
おすすめいたします。

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